第54章 【第五十三訓】文字だけで互いを知ることは難しい話
○○は丸まった紙をお手玉のように宙に放る。
場所は新八の部屋。
「新八君、後片付けはちゃんとしなよ。夜な夜なシコシコやってて疲れてるのはわかるけど、早く片付けないと部屋中に変な臭いが充満しちゃうよ」
「○○さん、わざと言ってますよね」
「新八君の激しくほとばしった体液が染み込んでるんでしょ」
「だから……!」
怒りの声を上げる新八をからかうように○○は笑う。
変な臭いは墨汁、体液は手汗のことだ。
「全く……」
出会った頃の○○はこんなことを言う人ではなかったはずだ。
こんな風になった原因は一つしか思い当たらない。
「新八、○○に汚ねーモン触らせんじゃねェ」
この男の悪影響に他ならない。
銀時は○○が宙に放った紙屑を横から搔っ攫う。
「ただの手紙なんですから、汚くないですよ。銀さんが変なこと吹き込んでいるせいでしょう」
○○はわかってて言っているからまだいいが、姉には本当に勘違いされて困った。
「てめーの手汗が染み込んでるだけで充分汚ねーだろ」
銀時は○○の手を取り、自身の着物に押しつけ拭わせる。
○○は目を細めて眉間に皺を寄せる。
「ネェ銀さん、厠で手を洗った後、どこで拭いてるの」
銀時は一瞬空中に目を向けて考えた後、着物の裾に目を落とした。
「ここだな」
○○は唇を歪ませる。
「やっぱり! こっちも汚い!!」
「こっちもって、どーいうことですか! ○○さんまで僕の手紙を汚物扱いですか!!」
新八の声には耳も傾けず、○○は銀時の胸倉を殴っている。
ちっとも力のこもっていないパンチ。怒っているようで、全く怒っていない。
「やっぱり、別れた方が○○さんのためだった……」
この男と付き合っていては、性格まで歪んでしまう。
パンチをやめ、○○は銀時に頭突きを食らわせている。
どう見ても喧嘩ではない。このやり取りを楽しんでいる。
「人の部屋でイチャつくな」
仲直りしたと聞き、一件落着収まってよかったと思ったが、大間違いだった。