第8章 【第七訓】原作第十九訓と第二十訓の間の話
○○は必死に逃げていた。
月明かりが照らす江戸の街。
背後には二つの影。
それぞれの双眸が、闇に浮かんで光っている。
その目は一人の女を追う。足音すら立てずに。
それは天人と呼ばれる、地球外生命体。
○○は息を切らせて走った。
闇に染まった川沿いの道。
足をもつれさせながらも、恐怖心が○○を走らせる。
月が雲に覆われると、足元すらも目視出来ない。
何かにつまずき、地面に叩きつけられた。したたかに額を打つ。
流れ落ちる血が目に沁みることも構わずに、立ち上がって走り出す。
助けて。
助けて。
助けて。
声を出そうにも、自分のものではないように口は動いてくれない。
頭の中で必死に助けを求める。
つい先刻、自身の元を去って行った男の幻に。
――旨そうな匂い
頭の中で声がする。
追いつかれ、腕を掴まれた。
転がる球のような速さで追いかけて来る二つの影。
逃れる術はない。
――俺達を呼んだのはお前だろう
唇がわななく。
――嫌。
声が出せない。
だんだんと、意識が遠ざかる。
「――!!? 嫌ァァァァァァ!!!」
気がつくと、○○は坂道をころころと転がっていた。