第38章 【第三十七訓】天堂無心流VS柳生陳陰流 其ノ二
『スナックお登勢』の軒下で、水滴を落として傘を畳んだ。
○○は空を見上げる。
――さようなら。
降り注ぐ雨粒は、妙の涙を連想させる。
あの日、料亭で妙と一緒にいたのは、彼女の幼なじみで柳生九兵衛という少年だった。
名門・柳生家――その家門は○○も知っている。
かつては将軍家の剣術指南を仰せつかっていた程の名家。その次期当主が九兵衛だという。
「また降って来たのかい」
「お登勢さん」
背後の扉が開き、タバコを吹かしながらここの家主は姿を現した。
「今日は随分と帰りが早いじゃないか。もう仕事は終わったのかぃ?」
「はい。こんな空模様で客足もまばらだったので」
「今日は降ったり止んだり、落ち着かないね」
お登勢は○○の横に並び、空を見上げた。
「本当に」
妙は幼少期、九兵衛と夫婦になる約束をしていたという。
そのため彼は妙を嫁にと連れ去った。
妙は自らの意思で柳生家に赴くことを選んだようだった。
だが――
――さようなら。
「落ち着きません」
心が落ち着かない。
「こればっかりはお天道様の機嫌次第だからね。ま、止まない雨はないさね」
○○は店の中へと足を踏み入れた。
妙はあれきり戻って来ていないらしいと神楽に聞いている。
新八も万事屋に顔を出さなくなっている。
誰も彼もが、現状に納得などしていない。
モヤモヤが晴れない。
「オヤ、何だぃ、アンタら。晴れでも出掛けない出不精が、ワザワザこんな雨の中お出掛けかい」
お登勢の声に、○○は振り返った。
空から降る雨を止める手立てはなくとも――
「銀さん、神楽ちゃん」
心に降る雨は、己で止ませることが出来るはず。