第33章 【第三十二訓】鍋は人生の縮図であるの日の真選組での話
「副長、空元気という言葉をご存知ですか」
「あ? バカにすんじゃねーよ!」
「鈍感もここまで来ると才能だな」
沖田は口元を緩めてわざとらしく溜め息を吐く。
両手のひらを空に向け、外国人のように肩をすくめる。
「あ? やるかコラ!」
「臨む所でさァ」
一触即発。
土方と沖田は胸倉を掴み合う。
「ああもう、勤務中ですよ、二人とも。通行人のみなさん、見てますよ」
街の人々が口元を隠して囁き合っている。
「チンピラ警察」「ヤクザ」「ゴリラの僕」などと言われているのだろう。
「チッ」
土方は舌を打ちつつ、手を離す。
沖田の手も振り払う。
「とにかく、○○さんの様子は気になります」
土方にはわからないが、○○が元気をなくしているのは事実のようだ。
「まだ万事屋の旦那の怪我が治ってないんでしょうかね」
桂一派に与していたと目される銀時は、高杉一派との抗争の末に大怪我を負った。
詳細は知らないが、相当な深手だったとは思われる。
「怪我くらいでいつまでもヘコむタマじゃねーだろ、○○は。喧嘩でもしたんじゃねーか。痴話喧嘩に首つっこむ程、下世話でもねーや」
沖田はそう言い残し、先を歩いて行った。
「痴話喧嘩だァ? 何言ってやがんだ、アイツ」
土方は数メートル先の沖田の後頭部に向けて言葉をぶつける。
「本当に。何を言ってるんでしょうね」
山崎は白けた目を土方に向ける。
沖田と山崎は、銀時と○○の関係にとうに気づいている。
二人が一緒にいる姿を何度も見ていながら、未だその関係に気づかずにいるのは近藤と土方くらいなものだ。
(おめでたいというか、なんというか)
人間として、男として最低最悪のあの男と、○○がどうにかなるはずがないと頭から決めてかかっているせいだろうか。
特に○○を気にかけているはずの二人だけが、全く気づいていない。