第28章 【第二十七訓】妖刀『紅桜』 其ノ一
盆に湯呑と皿を乗せ、テーブルを拭く。
茶屋でのアルバイトの真っ最中。まだ朝も早い。
客は少なく、これからという時間帯に引き戸を開けてその生物は現れた。
「いらっしゃ……」
○○は凍りつく。
まばらな客とその他店員も凍りつく。
「……エリザベス?」
桂といる所を何度か見かけたことがある。
嫌でも目が向く、人外の者。中身はオッさんという噂のある、謎の生物。
エリザベスは無言で○○の手を引っ張った。○○は盆を落とさないよう、片手でバランスを取る。
「ちょっと、何? いえ、なんですか」
くるりと向けられた瞳が怖い。
虚無の瞳。何を考えているのか、全くわからない。
「え?」
『万事屋へ』と書いたボードを掲げている。
一緒に万事屋へ来いと言いたいらしい。だが、まだ働き出して一時間も経っていない。
そう言うと、エリザベスは無表情で店主を見つめた。
帰っていいよな、帰らせろよ、いいだろ、オイ。虚無の瞳なのに、そう強要しているように錯覚する。
「帰っていいよ。いや、帰って下さい。どうぞお好きになさって下さい」
○○の意思は反映されない。
見つめるだけで相手を意のままに操れるのは、このエリザベスと万事屋の隣に住む屁怒絽くらいだろう。
強制帰還という形で、○○は万事屋へと向かうことになった。
「銀さーん、お客さーん」
相変わらず鍵のかかっていない万事屋の扉を開け、○○は声を上げた。
玄関まで出て来たのは銀時ではなく、新八だった。
「おはようございます。○○さん。お客さんって、依頼……にん!?」
ですか、と聞こうとした所、○○の背後の人影に気づき、目を見開いた。
人影? 動物影? なんだかわからない。
「なんでエリザベスがうちに……?」
新八は小声で○○に尋ねた。
「知らないよ」
ここに来る間、エリザベスは喋らなかった。いや、元から喋りはしない。一度もボードを掲げなかった。
そもそも、なぜエリザベスが自分の仕事先を知っているのだろう。桂が知っていたのだろうか。
そんなことを考える○○の手を引きながら、エリザベスは万事屋に向かってペッタペッタと歩くのみ。