第5章 【第四訓】喧嘩はグーでやるべしの朝の話
空には煌々と輝く満月が浮かんでいる。
恐ろしい程に美しく、俗世を照らす真ん丸の光。
かつて、全く同じ光を見たことがある。
○○は表情を曇らせ、胸に手を当てた。
程なくして、月の姿が雲の向こうへと隠された。
途端に行く先の形すらわからなくなる。
大都会江戸とはいえ、繁華街を離れた地帯の真夜中は闇に沈む。
それでも、故郷の陰気な暗さとは違う。
江戸の街は、生まれ育った町とは何もかもが違って見える。
この街のどこかに、彼はいるのだろうか。
――会いたい。
ただそれだけの一念で、生まれて初めて故郷を発った。
やがて、かすかな水音が聞こえて来た。
せんせんと流れる川の音。橋のような輪郭が、目の前に見えている。
雲が流れ、再び満月が威容を現すと、ゆっくりと視野が開けていく。
月明かりは、橋上に佇む男の姿を露にした。
○○は足を止め、目を見開く。
男は川の流れに目を向けていた。
生死すらもわからぬまま、待ち続けていた人。
心がざわめく。大きく息を吸い、鼓動を落ち着かせる。
再び歩を進め、その姿に近づいて行く。
一歩足を進めるごとに、再び鼓動が高鳴っていく。
その顔が、徐々にはっきりと見えて来る。
月の光に、青白く照らし出された横顔。
見紛うことなく、その男は――
「銀さん!」
突然の声が、暗闇と静寂、そして眠りを打ち破る。