第3章 【第二訓】ジジイになってもあだ名で呼び合える友達の話
その部屋から出て来た隊士の一人は、
「副長、部屋には誰もいませんぜ」
「……らしいぜ」
「また逃げられたんだ」
「うるせ!」
「まあいいや。今度遭遇したら、私が絶対に捕まえてやる」
○○は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前、そのためにこんな危ねー所に来たのか!?」
比較的安全な監察の仕事でさえ、土方は○○にさせることは反対していた。
それがこんな実戦の場にまで出て来たとあっては、黙っているわけにはいかない。
「わかってんのか! 死ぬかもしれねーんだぞ!」
「それはみんな同じじゃない。トシだって、総悟だって、みんな死と隣り合わせで働いてるんでしょ」
「俺等はこれを生業として生きてんだ」
「だったら、私だって同じだよ。私は、真選組監察なんだから。それに」
○○は腰に差した刀に触れ、言葉を続けた。
「桂が相手なら、私の剣は役に立つと思う」
土方は押し黙る。
○○の剣術能力の高さは、隊の中でも上位を誇る。
本気の○○と剣を交えたことのある土方はそれを知っている。
○○は鞘を握り締め、目を細める。
その脳裏に渦巻くのは、なぜ自分にこれ程の剣術能力があるのかということだろうか。
土方は○○を見下ろして考える。
失った記憶を○○が取り戻したがっているということを、土方は知っている。
重苦しい空気が二人を包んで……と思いきや、
「それよりさ、今の爆発頭の銀髪、誰?」
あっけらかんとした表情で見上げられ、土方は拍子抜けする。
「あ? さあな。桂の仲間か……。アイツがどうかしたか」
「ううん。変な人だなと思って」
「ああ。妙な野郎だ」
タバコに火をつけ踵を返すと、土方は他の隊士達に紛れ込んだ。
○○は一度振り返り、割れた窓ガラスに目を向ける。
その向こうに見えるデパートには、巨大な広告幕が垂れ下がっている。
そこにしがみつき、妙な銀髪の男は未だ命の危機に晒されていた。
――○○
自分の姿を捉えた男の唇がその動きを示したことに、○○は気づかなかった。