第6章 丁子桜
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「お母さんも、お父さんも…もう帰って来れないんだって」
私よりも小さな手でぎゅむぎゅむと遊びながら目の前の小さな男の子に伝える。
「どうして?」
「どうしてだろうね?…んー、」
幼くともちゃんと黒い服を着させられて、大人たちは大きなガラス張りの建物で何かをしている。
まん丸の目で何事もないようににこにこしている咲は、その建物から伸びた煙突の先のあの煙の正体を知らないんだろう。
「疲れちゃったのかなぁ」
初めて見る顔の大人達が何人もいて、昨日から落ち着かない。
「芽李ちゃん、咲也くん」
その優しい声に振り返る。
「おおやさん。」
いたずらをしてそれが見つかったとき、大家さんはすごく怖い顔で怒るのに、今は切なくて優しい顔をしている。
「咲、いこっか。」
「うんっ」
2人で大家さんの元に向かえば、今日から別の家に行くことを分かりやすく丁寧に説明された。
「…それから、もし何かあったらいつでも連絡しておいで、、なんでも力になるからね」
頭を撫でるシワシワの手に温もりを感じて、そのあとぎゅーっと抱きしめられる。
両親とは違って、少し骨張ってはいたけれど。
「おおやさん、泣かないで。咲のこともちゃんとまもるよ。お父さんとお母さんともやくそくしたもん。ね、咲。」
「ぼくも、おねぇちゃんまもる」
少し舌っ足らずに話す咲も私を真似て笑う。
思えばあの日から"2人"だけだったんだと、今になったら分かるのに、それに気付けるほど大きくなかったから。
あの大家さんの目の意味にも気づけなかった。
「さぁ、2人とも」
そう声をかけられて振り向けば、知らない大人達の中で少しだけ会ったことのある親戚のおばちゃんだった。
「あの、今日からよろしくお願いします。ほら、咲も」
「よろしくおねがいします」
いつか両親に教えてもらった挨拶をして、それを真似るように咲もペコっと頭を下げる。
「あらまぁ、ちゃんとご挨拶できて偉いわね。」
少しふくよかな体型をしている目の前のひとは、笑っているのになぜか怖い。
それでも、咲がいるから大丈夫だと言い聞かせていた。