第6章 丁子桜
「みんな凄いです、私とは違って。
……雄三さん」
「なんだ」
「みんなの殺陣、楽しみです…その、無責任かも知れないけど私信じてるんです、みんなのこと。
殺陣もぜったいできるって、だから期間も短いし難しい挑戦なのかも知れないですけど、よろしくお願いします!みんなのこと!!」
ペコリと頭を下げる。
「は。当たり前ぇよ。」
少し切なげに顔を歪めた雄三さんが言う。
「言っただろ、この劇団には恩があるんだよ。
それと…今回の座長のこと、ちゃんと見とけよ。」
「それって、どういう」
「そのまんまの意味だ」
その時はまだ分かんなかった。
咲を"ちゃんと"見ておく、か。
その言葉は"ちゃんと"胸に置いていたはずだったのに。
ーーーーー
ーーー
「腰落とせって言ってんだろうが!」
朝から怒鳴り声が響く。
できることなら代わってあげたい、そう思うほどだ。
「…大丈夫?」
怒鳴り声が飛ぶたび少しだけ跳ねてしまう肩が悔しい。
こそっと聞いてきた至さんに、大丈夫と答える。
大丈夫じゃなきゃいけない、頑張ってるのは咲だから。
毎回毎回、同じような注意を受ける咲が、
何度も何度も転んでは、立ち上がる咲が、
見ていてすごく苦しい。
それを見ているみんなの顔も険しくて、もどかしい。
「お疲れ様でした」
出勤、通学前朝食と準備のために少し早めに切り上げたはずの朝稽古。
殺陣の練習が始まってから咲はみんなより遅く談話室に入る。
ギリギリまで練習して、ギリギリに通学してる。
…今日だってそうだ。
「みんな、行ってらっしゃい」
玄関でみんなを見送った後、稽古場に向かう。
ートントン
きっと聞こえてはいないだろうけど、
「佐久間くん…?」
はぁはぁっと肩で息をしながら、床に横たわる咲にいやに胸が騒ぐ。
「…さく!!」
ゆっくりと開いた目に、温度は感じない。
「咲、」
「…酒井さん、ありがとうございます」
ゆっくり起き上がって、床に落ちてるタオルを拾うと私の脇を通り過ぎてそのまま行ってしまう。
「…時間だよ」
遠くに行ってしまうような感覚がして、咲の背中に向かってそう声をかけるので精一杯だった。
他にも言わなきゃいけない言葉はあるはずなのに。