第6章 丁子桜
「今、…今ね、ヒュンって蛙がさ。
ドアについてたみたいで、中庭ににげてったんだけど…心臓止まるかと思って、腰抜けちゃった」
「…そう。立てる?」
「ん、ごめんね。本当に驚いちゃって。もー大丈夫」
壁伝いに立ち上がる。
「あぁ、夜食置いといたよ。至さん、少しは部屋」
ー…ぎゅっ、
「っ、」
「誤魔化すの下手くそかよ。」
「…そうかな、うまいと思ってたよ。自分では。」
自分の心臓の音なのか、彼のものなのかわからない。
「この間のこと、辞める話…潮時かなって話さ監督にもしてきたんだよ。」
「…そう。まぁ、至さんのすきに、」
じわっと滲む涙がこぼれないように必死で目を開ける。
「すきに、すれば…いいんじゃないですか、ね。」
けど、だめだ。もう耐えらんない。
ぼろっと落ちたのは大粒の涙で、これじゃあ誤魔化しきれないと察する。
「至さんの、じんせいだから、…っ、もう、夜食、いらないって、っ、……」
寂しいな、
「いたるさ、…っ、幸くんのいしょー、ぜったいにあうのに、」
悲しいな、
「っ、…っ、」
「ごめんね」
なんの、"ごめんね"なのかな。
「ま、ぁ。いいですよ、…いたるさんの、かわりなんか、居ないけど、…っ、そんときはそんときで、っ、私が?てぃぼるとやりますから、…っ、」
ボロボロボロ落ち続ける涙が、心臓を絞って出てきたみたいに、きゅーっと胸が痛い。
「おれは、お前が心配…っ、よ、ちきょーだいである、オレが守ってやらないと、っ………」
行かないで、至さん。
辞めないで、ここに居て…っ、
毎日もっとちゃんと
夜食も作るし、
稽古も参加するし、
一番にドリンクもあげる。
お布団だって毎日干してあげる。
お部屋掃除も手伝う、なんでもするからさ…
「………ぃで、…さん、」
「…監督さんとは、保留ってことになったんだ。
みんなには監督さんから話してくれるって、もちろんお前にもね。
けど、なんでだろうね。
やっぱり俺の言葉で聞いてほしいって、思ったのかな?
だから、芽李も芽李の言葉ちゃんと聞かせてよ。
その涙の意味も含めてさ。
…俺、どうすればいいと思う?」
…もしかして、最後のチャンスかもしれない。