第1章 寒桜
いや、イケメンな声であることで間違いはない。
…しかし、囀りではないな。
例えるなら。甘いチョコレートみたいな飲み物にスパイス足したみたいな声(伝われ!)がまた聞こえてきて、一瞬フリーズする。
とりあえず、いい声ってことだけは伝われ。
「その写真、息子さんですか?」
え、やっぱりイケメンって声までイケメンなの?!
ポーカーフェイスを保ちながら答える。
「あ、いえ、弟なんです」
待ち受けが見えたらしい。
こんなイケメンが私に話かけるなんて咲のお陰か、美人局か。
「へぇ。…あぁ、ベルト」
考えていた私に降って来た言葉は、至極当然の一言。
「え?」
「締めないと、今の説明きいていませんでしたか?」
私の返事に対しては興味なさそうに答えつつも、ベルトするように教えてくれるなんて優しいんだな。
美人局とか、勝手に決めてごめんなさい。
カチャカチャと鳴る、銀の金具に呆れ顔が映る。
不器用な私には難易度が高いベルトであることは、それを手に持った段階で気づいた。
「あの、」
…この時の私は多分どうにかしていた。
「…」
「いや、えっと………飛行機乗るの初めてでして、大変恐縮なお願いで申し訳ないのですが、」
言った瞬間、面倒だと言わんばかりにピクッと動いた眉毛に気づかないほど、鈍感な私ではなかった。
「なら尚更、説明はきちんと聞くべきでは?」
「おっしゃる通りです」
盛大なため息。
「…はぁ。
ったく、触っても?」
爽やかな仮面がとれる瞬間を見てしまったかもしれない。
というかCAさんに頼めばよかったかも………。
と思っているとパパッと装着してくれ、サイズまでちゃんと直してくれた隣人に改めてお礼を伝える。
「これでも女性は、苦手なんだ。あとはもう自分でしろよ?」
「すみません、本当に」
肩を竦めて言う私から、彼の顔は見ることができない。
「ふ、」
あ、でも、笑った。
「あの、」
謝罪だけで感謝を伝えてないことに気づき、顔を上げると同時に口にしたけど、彼はヘッドホンをつけたから、その言葉が正しく届いたかは微妙なとこだ。
だから、女性が苦手と話した隣人と当然何か起こるわけでもなく、私は窓からの景色を堪能したあとまた気づいたら寝てしまっていた。