第5章 小彼岸
「何驚いてんの。さ、車乗って。」
「あ、至さん。鍵」
そう言って鍵を手渡せば、
「ありがとう」
と言って私から鍵を受け取ってくれて、
「あぁそれでなんだけど」
と話をきりだされる。
「よくよく考えたら、俺の部屋に寝ぼけて入っちゃって
寝ちゃったでも言い訳よかったよな…って思ったんだよね」
…まぁ確かに。
至さんの言葉になんで気づかなかったんだろうと思いつつ、動き出した車に何も言えなくなる。
「なんてね、まぁ俺が芽李ちゃんとドライブデートしたかっただけだったりして。」
しれっとそんなことを言う至さんに体温は急上昇。
「昨日はごめんね?」
「え?」
「なんとなく、怖がらせたかなって思って。」
…あぁ、もうすっかり忘れていたのに。
「いえ、そんな…
至さんの気のせいじゃないですかね?
…だから、謝る必要もないです。」
信号が赤になって、車が止まる。
誤魔化すように動き出した口は止まらないのに…
「でも、私からしたらラッキーですね、朝からドライブなんて。なかなか贅沢」
車のオーディオから流れるのは小さい時に耳にしたことがある有名なゲーム音楽。
「そう。
…じゃあそう言うことにしておくか。
でも、そのかわりと言ったらなんだけど、
俺がゲーマーってことみんなにバレるまでナイショね?」
シーッ人差し指を持っていく姿が様になっている。
「…わかりました。」
「あれ?案外すんなりだね。」
「私、みんながあの寮に来てくれただけですごく嬉しくて」
誰もいないあの寮の静さを、
肩を落とした支配人の姿を、
…もうみたくない。
「だから、みんなが何をしていようとしてなかろうと、
なんでも構わないんです。」
一度あの寮であんなに賑やかな笑顔を見て仕舞えば
声が響いてるのを聞いて仕舞えば、
もうそれを無くしたくないって思ってしまう。