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3月9日  【A3】

第31章 普賢象


side 至

 夢を見た。
 正直、いい夢ではなかったことは確か。
 内容は全く覚えてない。

 だけど、そんな気持ちが残って、目が覚めた。
 布団からは出たくなくて、寝ぼけているのか頭もちゃんと働かないから、頭まで布団を被る。

 「至さん、入りますよ」

 聞こえてきたのは、何かを決意したような芽李の声で、これも夢かと都合よく捉える。

 「至さん、起きてください。朝ごはんできてます」
 「…んん」

 俺はまだ夢の中にいるんだ。

 「…あとごふん」

 掠れてうまく出ない声。

 「そうしてる間にも、万里くんにゲームの順位抜かされちゃいますよ」

 呆れたような芽李の声だって、なんだか子守唄みたいだ。
 けど、起きなきゃな。

 臣に昨日の夜、時間になったら起こして欲しいと頼んだのは俺だ。

 なんとか頭を働かせようとした時、耳に拾った声で俺はやっぱり悪夢なんじゃないかと悟る。

 「んー…」
 「…ほんとに、どうしようもない人ですね。千景さんも…」

 ピクッと動きを止めたのは、やけに呼び慣れたように聞こえた、芽李が先輩を呼ぶ声。

 まさかね。

 「卯木さんも、もう起きて談話室行っちゃいましたよ。
 至さん、臣君に頼んだんでしょう?」

 たった一度、拾った声。
 それだけで、はっきりと目が覚めた。

 ハシゴが軋む音がする。
 きっと、数段芽李が登ったんだろう。
 どんな顔して俺を見てるのか気になって、俺は布団から出る。

 「…芽李」
 「どうしたんです?何か、嫌な夢でも見ました?」

 俺を見て、芽李が笑う。
 なんだ俺、迷子みたいだ。

 「…夢、ならいいんだけど」
 「寝ぼけてます?」
 「…」
 「至さん?」

 ガシガシっと、あたまをかく。
 切り替えろ、俺。

 これからも、芽李がここにいてくれるために。

 俺は想いを隠そうって決めたんだから。

 「お腹すいたっぽい」
 「臣君と美味しいの作りましたよ」
 「うん…ありがと」
 「はい。じゃあ、先行ってあっためときますから、ちゃんと寝癖まで直してきてくださいね」

 やけに耳に馴染んだ一言。

 "千景さん"芽李の一言がまるで無くしたピースを見つけたみたいに、これまでのことがパズルみたいにハマってく。
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