• テキストサイズ

3月9日  【A3】

第31章 普賢象


 「千景さんだけです」
 「笑っちゃうな」
 「なにか、面白いですか?」
 「あぁ。とっても、…君が、おかしなことばかりいうから。純粋なふりして。…俺は、全部知ってるんだ」
 「私が、観察対象だったから?…ですよね」

 千景さんの目に、負けたくない。

 「そういうこと」
 「で、…全部って何を知ってるんですか?」
 「言っていいの、ここで」
 「どうぞ?」
 「茅ヶ崎、起きて聞き耳立ててるかもよ」
 「別に、聞かれて困るようなことないですから」
 「ふーん、じゃあ。言うけど、俺と君が一緒に過ごした数年。俺は君を好いていたわけだけど、どうして抱かなかったんだと思う?もちろん、そういう意味で」

 言われた時に、グッと心臓を掴まれたような感覚になる。

 「まぁ、もちろん。君が俺に絆されてなかったのもあるけど」

 そっと耳元に当たる息づかい。

 "俺が君に汚されたくなかったからだよ"

 どくどくと心臓が音を立てる。

 「この意味、わかる?」

 "汚された君に触れられたら、"

 あぁ、こんなこと…言わせてる。
 人の傷をえぐれるほど、強い人じゃないのに。

 「だから、なんですか?」
 「俺の言葉じゃ、泣かないんだ?もう一回くらい、君の涙見てもいいって思ってたんだけど」
 「私、もう千景さんには泣かされませんよ。だって、千景さんが私を観察していたのかもしれないけど、その分、私だって千景さんといたんだから、お芝居の上手なあなたでも、一緒にいたらボロだって出ます。
 あなたの本質を100知らなくても、少しならわかるつもりです」

 千景さんの顔が少し歪む。
 ほら、そう言うところ。

 「私、寮には住みません。少なくとも、あなたが結んだ契約が切れるまでは。
 …千景さん。
 私、…私がもし今でも至さんのことを好きでも、まだあなたとちゃんと向き合ってないから、だから、ちゃんと弁えます。
 あなたが本当に私のこと要らないっていうなら、ちゃんと向き合って、納得させてください。
 それから、」
 「まだあるの」

 ポケットに入っていた鍵の一つを取り出す。

 「これ、あの部屋の鍵」
 「どう言うつもり?」
 「咲に一つ渡しちゃったから、改めて合鍵作ったんです。あなたのために」
 「…」

 無理やりに、握らせる。

 「逃げたい時、来てもいいですから」
 

/ 553ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp