第30章 駿河台匂
「ふっ、」
「東さん?」
「ううん、なんて言うか…不器用なんだなって」
「不器用は、佐久間家の専売特許ですから」
「それだと咲也も同じく不器用ってことになっちゃうよ?」
「咲、器用な方じゃないので。でもそこが可愛くて愛おしくてたまらないんですけど。
それに何より努力家でして、なんでも頑張っちゃう子なんですよ。…まぁ、数年一緒に住んでくださってる皆さんもわかってることだとは思うんですけど」
「芽李は本当に咲也のこととなると饒舌になるんだね」
クスッと笑った東さんに、あれ?こんな話してたっけと余計混乱してくる。
「でもよかった」
「良かった?」
「芽李がいたら、退屈しなさそうだし」
「東さんってば」
「ふふっ、ごめんごめん。少しからかっただけ。不器用でもいいんだよ、素直になれば」
「素直って」
「簡単だよ。もし湖に至と千景がいて溺れていたらどっちを助ける?」
「私も泳げないんですけど、至さんですね」
「それが答えだよ」
「千景さんは泳げるでしょうけど、至さんは本当に泳げなさそうなので」
「それは確かに。じゃあもしも、監督が2人と恋仲になったとしたら?」
「……真澄くんが怖いですね、それは」
「そうだね」
「それに、千景さんは…女性が苦手って言ってたので」
「じゃあ、至と恋仲になってもいいんだ?」
そんな意地悪な質問に心が揺れる。
「ほら、もうわかってるんじゃない?」
わかってる。
わかってた、最初からずっと。わかってる。
「わかってたとして、それでなんだっていうんですか。わかってるって認めて、全部叶うわけじゃないって、もういい大人なんだから、…そんなことわかってるのに」
「…」
「少なからず一緒に過ごして、優しい面もいいところもちょっと残念なところも見て、情だってあって。
それに、一緒に過ごした時間を考えれば千景さんの方が長いんです。
だから、…だから、執着みたいにずっとこうして気持ちを持ってる自分が嫌なのに、また絆されて、甘えてここにいる。
情けなくて、どうしようもない」
「うん」
「…でも、でももう1人にもなりたくないんです。1人が怖いの、よく知ってるから…だから、上手く隠すので東さんも知らないふりしてください、お願いします」