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3月9日  【A3】

第30章 駿河台匂


 「芽李は?」
 「…」
 「踏み込んだこと聞いちゃうけど、気になってたから」
 「困っちゃうな、東さんには始めて一緒に呑ませてもらったときから、なんでも話したくなっちゃうので」
 「なんでも聞くよ」
 「楽しかったですよ、凄く」
 「至と離れて」

 ピタッと足が止まったことで、自分が少しでも動揺していることに気づく。

 「ちょっと意地悪だったかな」
 「そうですね」
 「…千景」
 「っ、あぁ、至さんの同僚の」
 「芽李の旦那さんと同じ名前だね」
 「そう、ですね。言いましたっけ、私」
 「支配人からね。大丈夫、多分みんなは知らないから」
 「支配人?」
 「芽李が出ていってすぐの頃にね、たまたま支配人と2人になったタイミングで、旦那さんはどんな人だろうって話になって、教えてくれたんだよね」
 「たまたまじゃないですか?」
 「そう。…ならいいんだ。芽李の表情があの時みたいだったから、心配になってね」

 東さんに絆されそうになる。
 持っているモヤモヤを全部打ち明けたくなる。

 「ボク、口は硬いほうだよ」
 「…私、知らなかったんですよ。何も、知らなかったの。だから、モヤモヤして、ただ至さんと千景さんが知り合いだったってだけです」
 「それで?」
 「それだけです」
 「…」
 「入団誘うくらいの仲なのに、至さんが何も知らないわけないじゃないですか。至さんに知られたくないって、思ってるんです。みんなにも」
 「ボクは知っちゃったけど」
 「東さんが聞き上手なので、絆されちゃっただけです」

 笑っているはずなのに、引き攣られた口角が重くて。

 「芽李は、これから初めましてのフリをしていくの?」
 「そうですね、そうなると思います。
 …千景さんが、そう望むなら。私、思ってたんですよ。
 劇団に来てくれた人の中で、私が誘った何人かと同じように、千景さんにもここにいて欲しいって」
 「うん」
 「だから、嬉しいハズなんです」
 「…」
 「嬉しくないといけないんです。他人のフリの方がやりやすいと思います、お互いに。でも、一緒に過ごしてたのが嘘みたいになるのも嫌で、至さんに知って欲しくもない。中途半端でぐちゃぐちゃで、せっかくカンパニーに戻ってこられたのに。お手伝いしてる筈なのに東さんに愚痴ってしまってるし」
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