第30章 駿河台匂
「芽李は?」
「…」
「踏み込んだこと聞いちゃうけど、気になってたから」
「困っちゃうな、東さんには始めて一緒に呑ませてもらったときから、なんでも話したくなっちゃうので」
「なんでも聞くよ」
「楽しかったですよ、凄く」
「至と離れて」
ピタッと足が止まったことで、自分が少しでも動揺していることに気づく。
「ちょっと意地悪だったかな」
「そうですね」
「…千景」
「っ、あぁ、至さんの同僚の」
「芽李の旦那さんと同じ名前だね」
「そう、ですね。言いましたっけ、私」
「支配人からね。大丈夫、多分みんなは知らないから」
「支配人?」
「芽李が出ていってすぐの頃にね、たまたま支配人と2人になったタイミングで、旦那さんはどんな人だろうって話になって、教えてくれたんだよね」
「たまたまじゃないですか?」
「そう。…ならいいんだ。芽李の表情があの時みたいだったから、心配になってね」
東さんに絆されそうになる。
持っているモヤモヤを全部打ち明けたくなる。
「ボク、口は硬いほうだよ」
「…私、知らなかったんですよ。何も、知らなかったの。だから、モヤモヤして、ただ至さんと千景さんが知り合いだったってだけです」
「それで?」
「それだけです」
「…」
「入団誘うくらいの仲なのに、至さんが何も知らないわけないじゃないですか。至さんに知られたくないって、思ってるんです。みんなにも」
「ボクは知っちゃったけど」
「東さんが聞き上手なので、絆されちゃっただけです」
笑っているはずなのに、引き攣られた口角が重くて。
「芽李は、これから初めましてのフリをしていくの?」
「そうですね、そうなると思います。
…千景さんが、そう望むなら。私、思ってたんですよ。
劇団に来てくれた人の中で、私が誘った何人かと同じように、千景さんにもここにいて欲しいって」
「うん」
「だから、嬉しいハズなんです」
「…」
「嬉しくないといけないんです。他人のフリの方がやりやすいと思います、お互いに。でも、一緒に過ごしてたのが嘘みたいになるのも嫌で、至さんに知って欲しくもない。中途半端でぐちゃぐちゃで、せっかくカンパニーに戻ってこられたのに。お手伝いしてる筈なのに東さんに愚痴ってしまってるし」