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3月9日  【A3】

第30章 駿河台匂


 だって私たち、夫婦だったのに。
 応援したい気持ちはいっぱいなのに、どうしてが浮かんでは消えていく。

 「…ちゃん!芽李ちゃん!」
 「…っはい!」
 「どうしたの?」
 「ううん、なんでもない。それにしても、ち、卯木さん凄い逸材だったね!
 皆木大先生の脚本がどうあの人を調理するか、今から楽しみで仕方ないっていうか、胸が躍っちゃった」
 「ふ、芽李ちゃんらしい。…あ、そうだ。私これから出なきゃ行けなくて。
 昨日渡せなかったから」

 いづみちゃんから受け取った、懐かしい合鍵。

 「いいの」
 「ダメな理由がないよ。持ってないと不便でしょ」
 「ありがとう」
 「うん、どういたしまして。じゃあ、行ってきます」
 「行ってらっしゃい」

 満足げに笑ったいづみちゃんを見送って、劇場の掃除を少ししたあと、もう少し残ると言った支配人と別れて寮の家事をするため、今では少し懐かしい道を歩く。

 「ただいま」

 昨日より少し素直に出たその言葉が、まさか誰かに拾われるなんて思わなかったから、"おかえり"って言葉に驚いた。

 「おかえり、芽李」
 「東さん」
 「ふふ、なんだか嬉しいな」
 「え?」
 「密も、三角も、今日はバイトでいないから。少し寂しかったんだ」

 ニッコリと笑った東さんに釣られて笑う。

 「もう寂しくないですか?」
 「うん」
 「じゃあ良かったです。お掃除とか、お洗濯とかしちゃいますね。
 あと何かして欲しいことありますか?」
 「なんでもいいの?」
 「もちろん!お手伝いなので」
 「ふ〜ん」
 「あ!できる範囲でですけど」
 「ふふ、用心深いね」

 意味深に笑って、ボクも手伝うよとついてきた東さんのおかげで、さっきまで頭を占めていた千景さんのことが薄れていく。

 東さんはやっぱり聞き上手で話し上手で、それに出会った頃よりも、明るい雰囲気になった気がして、良かったなって安心した。

 「芽李、これからは毎日いるんだよね?」
 「はい。いいですかね?」
 「もちろん」
 「よかった」
 「もっと早くいてくれたらって思うよ」
 「そうですか?」
 「うん、…まぁ、でも。芽李がいたら甘え過ぎちゃってたかも知れないから、今のボクはいなかったかも」
 「ふっ、じゃあ結果よかったってことですね」
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