第30章 駿河台匂
だって私たち、夫婦だったのに。
応援したい気持ちはいっぱいなのに、どうしてが浮かんでは消えていく。
「…ちゃん!芽李ちゃん!」
「…っはい!」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。それにしても、ち、卯木さん凄い逸材だったね!
皆木大先生の脚本がどうあの人を調理するか、今から楽しみで仕方ないっていうか、胸が躍っちゃった」
「ふ、芽李ちゃんらしい。…あ、そうだ。私これから出なきゃ行けなくて。
昨日渡せなかったから」
いづみちゃんから受け取った、懐かしい合鍵。
「いいの」
「ダメな理由がないよ。持ってないと不便でしょ」
「ありがとう」
「うん、どういたしまして。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
満足げに笑ったいづみちゃんを見送って、劇場の掃除を少ししたあと、もう少し残ると言った支配人と別れて寮の家事をするため、今では少し懐かしい道を歩く。
「ただいま」
昨日より少し素直に出たその言葉が、まさか誰かに拾われるなんて思わなかったから、"おかえり"って言葉に驚いた。
「おかえり、芽李」
「東さん」
「ふふ、なんだか嬉しいな」
「え?」
「密も、三角も、今日はバイトでいないから。少し寂しかったんだ」
ニッコリと笑った東さんに釣られて笑う。
「もう寂しくないですか?」
「うん」
「じゃあ良かったです。お掃除とか、お洗濯とかしちゃいますね。
あと何かして欲しいことありますか?」
「なんでもいいの?」
「もちろん!お手伝いなので」
「ふ〜ん」
「あ!できる範囲でですけど」
「ふふ、用心深いね」
意味深に笑って、ボクも手伝うよとついてきた東さんのおかげで、さっきまで頭を占めていた千景さんのことが薄れていく。
東さんはやっぱり聞き上手で話し上手で、それに出会った頃よりも、明るい雰囲気になった気がして、良かったなって安心した。
「芽李、これからは毎日いるんだよね?」
「はい。いいですかね?」
「もちろん」
「よかった」
「もっと早くいてくれたらって思うよ」
「そうですか?」
「うん、…まぁ、でも。芽李がいたら甘え過ぎちゃってたかも知れないから、今のボクはいなかったかも」
「ふっ、じゃあ結果よかったってことですね」