第30章 駿河台匂
なんの間違いでもないその一言に、私は虚しさを覚える。
虚しさだけが、残る。
「4月15日生まれ、身長183センチ、A型」
身長も、血液型も私今初めて知った。
それを知らなくても2人の生活に支障はなかったから。
誕生日だって、私が聞いても初めのうちはのらりくらりとかわして、だけどまぁ、オーディションだからか、案外すんなりと教えるものなんだと、そんなことを思った。
「同僚である茅ヶ崎の紹介で来ました。よろしくお願いします。
ーーこんなところでいい?」
…やっぱり初めから、知ってたのかなって。
知ってたんだろうなって。
『八時か……ここからタクシーで、いや渋滞に捕まる。電車を乗り継いでも……間に合いそうにないな。
もしもし?俺。ごめん、開演時間まで間に合いそうにないんだ。先に入って待って』
もしかして至さんも知ってたのかな、千景さんのこと。
ぎゅっと胸が苦しくなった。
『しょうがないだろう。帰ろうと思ったら、急ぎの連絡が入ったんだ。どうしても今日中に終わらせないといけなかった。
そんなこと言われたって……とにかく、後で話そう。この埋め合わせは必ずーーあ、おい!
はぁ……クソ』
でも、だけど。
だけどよかったな、もしこのオーディションに受かったら千景さんはこの劇団の一員。
…しかも春組だ。
うん、千景さんのためによかったのかもしれない。
「…こんな感じ?」
「…芝居の経験がありますか?」
「いや、初めて」
嘘つき。
思った瞬間に、目が合う。
千景さんはふっと、視線を落として笑った気がした。
いづみちゃんの言葉で私は千景さんの、入寮を知った。
…そっか、だからか。
だから尚更、あの部屋だけを残していったんだ。
「…」
嬉しい気持ちと、虚しさが複雑に絡み合う。
…たしかに、このカンパニーに既婚者はいないし、独身の方がやりやすいだろうし。
それに、ずっと一緒に見てたんだから、千景さんが舞台にハマってお芝居がしたい!ってなっても仕方ないだろう。
だって、私に付き合ってくれる時、MANKAIカンパニーのプレゼンは怠らなかったんだから。
…ほんとに?