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3月9日  【A3】

第30章 駿河台匂


 なんの間違いでもないその一言に、私は虚しさを覚える。
 虚しさだけが、残る。

 「4月15日生まれ、身長183センチ、A型」

 身長も、血液型も私今初めて知った。
 それを知らなくても2人の生活に支障はなかったから。

 誕生日だって、私が聞いても初めのうちはのらりくらりとかわして、だけどまぁ、オーディションだからか、案外すんなりと教えるものなんだと、そんなことを思った。

 「同僚である茅ヶ崎の紹介で来ました。よろしくお願いします。

ーーこんなところでいい?」

 …やっぱり初めから、知ってたのかなって。
 知ってたんだろうなって。

 『八時か……ここからタクシーで、いや渋滞に捕まる。電車を乗り継いでも……間に合いそうにないな。

 もしもし?俺。ごめん、開演時間まで間に合いそうにないんだ。先に入って待って』

 もしかして至さんも知ってたのかな、千景さんのこと。

 ぎゅっと胸が苦しくなった。

 『しょうがないだろう。帰ろうと思ったら、急ぎの連絡が入ったんだ。どうしても今日中に終わらせないといけなかった。

 そんなこと言われたって……とにかく、後で話そう。この埋め合わせは必ずーーあ、おい!

 はぁ……クソ』

 でも、だけど。
 だけどよかったな、もしこのオーディションに受かったら千景さんはこの劇団の一員。

 …しかも春組だ。

 うん、千景さんのためによかったのかもしれない。

 「…こんな感じ?」
 「…芝居の経験がありますか?」
 「いや、初めて」

 嘘つき。

 思った瞬間に、目が合う。
 千景さんはふっと、視線を落として笑った気がした。

 いづみちゃんの言葉で私は千景さんの、入寮を知った。

 …そっか、だからか。
 だから尚更、あの部屋だけを残していったんだ。

 「…」

 嬉しい気持ちと、虚しさが複雑に絡み合う。

 …たしかに、このカンパニーに既婚者はいないし、独身の方がやりやすいだろうし。

 それに、ずっと一緒に見てたんだから、千景さんが舞台にハマってお芝居がしたい!ってなっても仕方ないだろう。
 だって、私に付き合ってくれる時、MANKAIカンパニーのプレゼンは怠らなかったんだから。

 …ほんとに?





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