第30章 駿河台匂
「おはようございます!」
「あ!芽李さん!!おはようございます〜、」
「支配人、おはようございます。大変ですね、お荷物半分持ちますよ」
両手いっぱいの荷物を運ぶ支配人を手伝おうと半分受け取る。
「いや〜、ありがとうございます。なんだか懐かしいですね」
「確かに、…出戻っちゃって、なんて言うか情けないんですけど」
「何言ってるんですか。私は嬉しかったですよ、みんなも、待っていたと思います」
「…支配人」
「私1人で雑用は手が足りませんし」
「ちょっと、私の感動返してください!なんて、でも、うん。
北海道も楽しかったですけど、ここは、ホッとしますね」
舞台裏まで荷物を運び終えると、ちょうど今舞台に上がって来た男性と目が合う。
「あ、どうも!私支配人の」
腰低く近寄って行った支配人の背中越しに、いづみちゃんにも手招きされて、私の足はまるでブリキのおもちゃのようにぎこちなく、息がしづらい。
「おはよう、芽李ちゃん。この人が至さんの同僚で」
キーンとすんざくような耳鳴り。
いや、我ながら動揺しすぎでしょ。
だけど、ねぇ。どっちでくるの…?
アイスブルーって言うんだっけ。
色素の薄い彼の目に、私が写る。
私はこんなに動揺しているのに、彼は眉ひとつ動かさない。
「"はじめまして"、茅ヶ崎の同僚の卯木千景です。よろしく」
こんな表情は、初めて見るな。
同姓同名の赤の他人みたい。
「…は、初めまして」
ぎこちない挨拶。
「酒井芽李です」
ねぇ、千景さん。
どうしてここに、来たの。
どうして初めましてって言うの?
「カンパニーのお手伝いをさせてもらうことになって、ます」
でもきっと、それは私の計り知れないところで。
「そうなんだ」
「はい」
「じゃあ、自己紹介もすんだところでそろそろ初めてもいいですか?」
タイミングを見計らったように、いづみちゃんが声をかける。
「うん」
「ええと、それじゃあ、入団にあたって簡単なオーディションを兼ねた面接をさせてもらいたいと思います」
このオーディションの主役である、千景さんだけがステージに残りそれ以外は座席へと座る。
「まずは自己紹介からお願い出来ますか?」
「卯木千景、"独身"」