• テキストサイズ

3月9日  【A3】

第30章 駿河台匂


 「おはようございます!」
 「あ!芽李さん!!おはようございます〜、」
 「支配人、おはようございます。大変ですね、お荷物半分持ちますよ」

 両手いっぱいの荷物を運ぶ支配人を手伝おうと半分受け取る。

 「いや〜、ありがとうございます。なんだか懐かしいですね」
 「確かに、…出戻っちゃって、なんて言うか情けないんですけど」
 「何言ってるんですか。私は嬉しかったですよ、みんなも、待っていたと思います」
 「…支配人」
 「私1人で雑用は手が足りませんし」
 「ちょっと、私の感動返してください!なんて、でも、うん。
 北海道も楽しかったですけど、ここは、ホッとしますね」

 舞台裏まで荷物を運び終えると、ちょうど今舞台に上がって来た男性と目が合う。

 「あ、どうも!私支配人の」

 腰低く近寄って行った支配人の背中越しに、いづみちゃんにも手招きされて、私の足はまるでブリキのおもちゃのようにぎこちなく、息がしづらい。

 「おはよう、芽李ちゃん。この人が至さんの同僚で」

 キーンとすんざくような耳鳴り。
 いや、我ながら動揺しすぎでしょ。

 だけど、ねぇ。どっちでくるの…?

 アイスブルーって言うんだっけ。

 色素の薄い彼の目に、私が写る。
 私はこんなに動揺しているのに、彼は眉ひとつ動かさない。

 「"はじめまして"、茅ヶ崎の同僚の卯木千景です。よろしく」

 こんな表情は、初めて見るな。
 同姓同名の赤の他人みたい。

 「…は、初めまして」

 ぎこちない挨拶。

 「酒井芽李です」

 ねぇ、千景さん。
 どうしてここに、来たの。
 どうして初めましてって言うの?

 「カンパニーのお手伝いをさせてもらうことになって、ます」

 でもきっと、それは私の計り知れないところで。

 「そうなんだ」
 「はい」
 「じゃあ、自己紹介もすんだところでそろそろ初めてもいいですか?」

 タイミングを見計らったように、いづみちゃんが声をかける。

 「うん」
 「ええと、それじゃあ、入団にあたって簡単なオーディションを兼ねた面接をさせてもらいたいと思います」

 このオーディションの主役である、千景さんだけがステージに残りそれ以外は座席へと座る。

 「まずは自己紹介からお願い出来ますか?」
 「卯木千景、"独身"」
/ 546ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp