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3月9日  【A3】

第5章 小彼岸


 中からは凄まじい音と罵声が聞こえる。

 …っ、嫌な記憶が呼び覚まされる。
 やめて、もう辞めて、お願いっ、

 はぁっはぁっ、

 強くなったはずで、それ以上の優しさを与えてもらったはずで、なのにいつまでも付き纏ってくる記憶に嫌に胸が鳴って仕方ない。

 助けて、………くれない、

 だって、だって、自分でどうにかするしかない。

ー…がちゃっ、

 あれ、…?

 すっと手から抜き取られたお盆。
 いや、何か言ってたかもしれない、けど…

 パソコンは青白く光って部屋は暗く、

 固まった私を包んだのは少し大人びた匂い。

 キーンと耳鳴りがして、そのあとやっと周りの音が聞こえだす。

 「な…んで、…っ、」

 「夜食どーも、とりあえず入れば?」

 彼によって閉められた部屋のドアに私は何もできないでいると、
何事もなかったようにパソコンの前の椅子に座ってゲームをし出す見知った顔の見慣れないすがた。

 …といっても、昨日今日で見慣れない姿もないのだけれど。

 私が知ってるのは、彼の外側だけ。

 作り上げた鎧だけ…。

 どれだけそうしてたかわからない、一日で随分物が散乱した彼の部屋。
 真っ黒いソファの上、唯一物が置いてないスペースに座るよう勧められて、腰を下ろせばなんとなく心が落ち着いていくのがわかる。

 結ばれたミルクティーブラウンのちょんまげが揺れて、相変わらずの罵声と凄まじい音なのに彼がやってると言うのを見ただけでホッとする。

 ……何も言わずに夜食を食べてくれただけで少し救われる。

 会話がなくても、こうやって彼の触れられたくないであろう部分に触れさせてくれるから、きっと彼はすごく優しくて強くて、そして少しだけ寂しい人。

 「いたるさん、」
 「…なに?」
 「もう少しだけ、ここに居ていいですか?」

 ダメって言われても別に構わなかった。
 …むしろ、そのつもりで居た。

 「好きなだけどーぞ。多少うるさくてもいーなら。」

 息をするのがなんだかすごく楽になった。

 「ありがとう、ございます、」

 ぎゅっと膝を抱え込んでいれば少しだけ過去の自分も救われる気がして、複雑に絡まった糸が少しずつ解けるようなそんな気持ちがしていた。
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