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3月9日  【A3】

第30章 駿河台匂


 「お待たせ」

 玄関で待っていると、昨日みたいなよそ行きの至さんが現れる。

 「あの」
 「ん?この後に及んで断るとかはやめてね。着替えてきたし、俺もちょうどコンビニに用があっただけなので、芽李のためだけじゃないし」
 「…ありがとう、ございます」
 「どういたしまして」

 くるくるっと鍵を回して、至さんがハミングしながら車庫に向かうのを、私は追いかける。

 ピピッと車の鍵を開け至さんが、後部座席のドアを開けた。

 「ごめん、いま助手席荷物あるから」
 「うん、」

 それが至さんの気遣いってかとわかってる。
 でもなんか少し、寂しいなんて自分勝手だ。
 さっきまでは断ろうとしていたくせに。

 至さんが運転席に乗る。

 なんか新鮮だな、と思ってるとルームミラー越しに目があって、先にそらしたのは私だ。
 優しい目をしていたから、いたたまれなくて。

 エンジンをかけて、流れ始めたゲームの音楽。
 あの頃聴いていたものじゃなくなっている。

 勝手に離れて、変わらないで欲しいなんて、時間が経っても変わらないものなんてそうないのに。

 「…あのさ、」

 ボリュームを下げて、先に話しかけてきたのは至さん。
 走り出した車の窓から流れる景色を見ながら、低くて甘い優しい声を意識してしまわないように予防線をはる。

 「はい」
 「今日は旦那さんいるの?」
 「どうしてそんなこと聞くんですか」
 「昨日は泊まりだったし、今日だって夜遅いでしょ?心配してないかなって思って」
 「…まぁ、はい」
 「そう」
 「今、いないので」
 「仕事?」
 「そんな感じです。…至さんは?」
 「え?」
 「どうなんですか」

 聞かなきゃよかったと思った。
 どんな返事でも心を乱すくせに。

 「恋人とかそう言う話?いないよ、言ったでしょ。今でも芽李だけって。
 まぁ、仕事も忙しいし、もうすぐ春組も忙しくなるし。ゲームもあるし、ありがたいことにすごく充実はしてるから…芽李って言ったけど、たまにちょっと思い出すってだけ。
 本人に言うのはどうかなって話だけど」
 「いえ、それならよかった…って言うのもおかしいですね」
 「いいのいいの。あ、そうだ。夜遅くなったら誰かしら送ってくから、福利厚生ってことらしいよ、左京さんの提案。臣とかなら、バイクかな」
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