第29章 御衣黄
「ま、絶対それはないんだけど」
「ないのかー」
「好きな人と、旦那さんは修羅場でしょ。私の」
「っ、違いないな」
再び歩き出した万里くんの後を追う。
「でもね、春組に似合うんじゃないかって。密さんにも言ったんだ。
あ、別れたことは言ってないんだけど」
「へぇ」
「優しくて、強がりで、どこか寂しそうな人だったから。…春組なら、穏やかにいられるんじゃないかなって勝手にそんな気しててさ。私を大切にしてくれたから、私も私の大切な場所でみんなにも同じように大切にして欲しかった。
紹介できたらよかったんだけど」
「至さん可哀想」
「…だよね。絶対にない話だから、こんなこと。だから言えるんだ、無責任に」
「まぁでも、俺たちのことやっぱり大事なんだなぁ」
ニヤニヤする万里くんにそうだよ、と念をおす。
「万里くんも私の大切な人のうちの1人。左京さんや、いづみちゃんも。でも、咲は別格」
「超えられない壁か」
「そう言うこと。なんて言ってたら喉乾いて来ちゃった。オススメ、連れて行ってよ」
「ったく、しゃあねぇな。とびっきりのとこ案内してやる」
万里くんに連れてこられた場所は小さな洋菓子屋さん。
イートインはなさそうだけど。
「芽李さんどれにする?」
「…あ!じゃあ、レモンタルトで。少し時期早い気がするけど」
「これ、ここの1番人気。珍しいだろ、ここは通年あるんだぜ」
「へぇ!」
「じゃあ、このレモンケーキと、あと、あー。コレとこれ。それからこっちも」
「そんなに食べるの?」
「まぁな」
お会計を済ませて、きた道を戻る。
…?
きた道を戻る?
あっという間にたどり着いたそな場所は、朝に出てきたはずだ。
「万里くん忘れ物?」
「忘れ物じゃねぇよ。とびっきりのところ連れてってやるって言っただろ。ただいまー。ほら、芽李さんも」
「ただいま」
つられて言うと、正解と笑った万里くん。
「おかえり、万里くん芽李さん。ちょうどよかった」
「紬さん」
「紬さんのコーヒーうまいんだよな。はい、これ土産」
「うわぁ、ありがとう。ここのケーキ美味しいよね。
後で監督も参加するって言ってたから、4人でお茶会だね」
そう言った紬さんの後を追って談話室に入るとコーヒーの香りが漂う。