第29章 御衣黄
「可愛い弟は健在なんだなって」
「そーかよ。ったく…、あ、なぁ。デートしようぜ」
「どうしたの、突然」
少しだけ驚いて顔を覗き込む。
「至さんは仕事で、咲也もだろ?」
「聞いてたの?」
「人聞き悪ぃ、聞こえてきたんだよ」
「そっか。万里くんは、学校じゃないの?美大生だっけ」
1人は寂しいなと思っていたところ、すんなりと私の予定がきまる。
「ん、まぁ。でも今日午後からだから」
「そうなんだ。それにしては早起き」
「誰のせいだと」
「…私か。ごめん」
「で、してくれんの?」
「デートじゃなくて、散歩ならいいよ」
その呼び方にも行為にも、なんの違いもない。
誰とどこで何をしていたって、もう千景さんには関係ない。
…至さんにも。
って、何思ってんだか。
「よっしゃっ」
「万里くんは、準備しなくていいの?」
「あー、まぁな。誰かさんの捜索に、俺も駆り出されるとこだっからなー。
これにそこにあるカバン持てば、すぐ出れる」
「そっか、ごめんね」
「いーよ、別に。うまいパン食えたし」
ぬんっと立ち上がった万里くん、タイミングよく咲也が戻ってくる。
「姉ちゃん、お待たせ」
「咲、万里くんも一緒に行きたいんだって」
2人が並んだ姿をみながら、少し寂しさを覚える。
もう学生服じゃないんだなって、時間の流れに気づいたから。
「ん」
「ふふっ」
「咲?」
「なんか、懐かしいなって」
咲の言葉に、私だけじゃないんだって勝手に安心して、だけど少し物足りなくて。
「じゃあ真澄も誘うか」
目線だけ真澄くんに写した万里くんにつられて見れば、いづみちゃんにハートを飛ばす真澄くんがいた。
…あそこだけは変わらない。
「真澄くん来るかな」
「断られるにカレーパン」
「そのカレーパンに釣られて来るに500円」
「500円でカレーパン2個は買えちゃうね。って、なんの話だこれ。
真澄くーん、」
呼びかけに振り向いた真澄くんだったけど、面倒くさがってる猫みたいにこちらを少し見た後、何も聞かずに断ると返された。
その間もいづみちゃんをみる目は優しくて、だけどなんだか前よりも…。
「そう甘くはなかったね」
「監督ちゃんいねぇしな。つーことで、遅れるから行こうぜ」
「そうだね」