第29章 御衣黄
「そのまんまの意味、みんなパンに夢中になってるからいうけど。
俺は今でも、普通に芽李が好きだよ。さっき遠目に見てたけど、俺はあのわちゃわちゃの中にお前にもいて欲しいって思う。
無理なのもわかって言ってる。
…だから、芽李の中の俺がオフモードなのはちょっと、なんていうか、複雑というか、嬉しいというか」
「複雑?」
「想像の中でくらいかっこいいままでいたいでしょ、」
「至さんはオフでもカッコよかったよ。ゲームしてるところも、だらしないのも、優しいとこも、格好がどうであれ。
惚れた弱みだったかもしれないけど、まぁちょっと遅い青春だった」
「過去か」
「うん、過去でしょ?」
「今でもって言ったじゃん」
「…困るな」
「困らせたくて言ってる。じゃあ、俺出社の準備してくるから」
「もう行くの?」
「名残惜しい?」
「…いや」
「そう、残念」
立ち上がった至さんが、ピザを咥えて部屋へと戻る。
至さんの肩が触れていた左側がまだ少し熱を持っている。
至さんの声を直接聞いていた、左耳に甘い音が残ってる。
やましくて、嫌になるな。
至さんと千景さん、どっちも頭に浮かんでは消えて。
消えては浮かんで。
すぐいっぱいいっぱいになる。
ここは、そういう場所じゃないのに。
「…ちゃん?」
「………」
「姉ちゃん??」
咲のまんまるな目が私を捉える。
「あ、」
「大丈夫??」
「うん、大丈夫。大丈夫」
その時、咲の携帯が鳴った。
「ちょっとごめんね」
"もしもし、佐久間です"電話に出るために席を外した咲がやけに大人に見えて、少し寂しくなった。
それから何分もしないで戻ってきた咲が、眉を下げて私の隣に座る。
「どうしたの?」
「仕事、本当は今日休みだったんだけどね。1人体調を崩してしまったみたいで」
「そっか」
「ごめん、送るって言ったのに」
「大丈夫だよ。お仕事なら仕方ない」
「うん…」
「あ、じゃあ!私が咲のこと送るよ、一緒に行こ?咲の働いてる場所気になるし…って、嫌?」
「ううん!そんなことない。オレ、準備してくるよっ」
パッと明るく笑って、支度をしに行った咲。
「咲也ばっかずりー」
「万里くん」
「俺にも構えよ」
「ふっ」
「なんだよ」