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3月9日  【A3】

第29章 御衣黄


 「そのまんまの意味、みんなパンに夢中になってるからいうけど。
 俺は今でも、普通に芽李が好きだよ。さっき遠目に見てたけど、俺はあのわちゃわちゃの中にお前にもいて欲しいって思う。
 無理なのもわかって言ってる。
 …だから、芽李の中の俺がオフモードなのはちょっと、なんていうか、複雑というか、嬉しいというか」
 「複雑?」
 「想像の中でくらいかっこいいままでいたいでしょ、」
 「至さんはオフでもカッコよかったよ。ゲームしてるところも、だらしないのも、優しいとこも、格好がどうであれ。
 惚れた弱みだったかもしれないけど、まぁちょっと遅い青春だった」
 「過去か」
 「うん、過去でしょ?」
 「今でもって言ったじゃん」
 「…困るな」
 「困らせたくて言ってる。じゃあ、俺出社の準備してくるから」
 「もう行くの?」
 「名残惜しい?」
 「…いや」
 「そう、残念」

 立ち上がった至さんが、ピザを咥えて部屋へと戻る。
 至さんの肩が触れていた左側がまだ少し熱を持っている。
 至さんの声を直接聞いていた、左耳に甘い音が残ってる。

 やましくて、嫌になるな。

 至さんと千景さん、どっちも頭に浮かんでは消えて。
 消えては浮かんで。

 すぐいっぱいいっぱいになる。
 ここは、そういう場所じゃないのに。

 「…ちゃん?」
 「………」
 「姉ちゃん??」

 咲のまんまるな目が私を捉える。

 「あ、」
 「大丈夫??」
 「うん、大丈夫。大丈夫」

 その時、咲の携帯が鳴った。

 「ちょっとごめんね」

 "もしもし、佐久間です"電話に出るために席を外した咲がやけに大人に見えて、少し寂しくなった。

 それから何分もしないで戻ってきた咲が、眉を下げて私の隣に座る。

 「どうしたの?」
 「仕事、本当は今日休みだったんだけどね。1人体調を崩してしまったみたいで」
 「そっか」
 「ごめん、送るって言ったのに」
 「大丈夫だよ。お仕事なら仕方ない」
 「うん…」
 「あ、じゃあ!私が咲のこと送るよ、一緒に行こ?咲の働いてる場所気になるし…って、嫌?」
 「ううん!そんなことない。オレ、準備してくるよっ」

 パッと明るく笑って、支度をしに行った咲。

 「咲也ばっかずりー」
 「万里くん」
 「俺にも構えよ」
 「ふっ」
 「なんだよ」
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