第29章 御衣黄
「泣きたくなったら、嬉しくて誰かに伝えたいことができたら、寮に来て、それから、なんでもなくてもやっぱり寮に来て、…無理に住んでとは言わないから」
「密さん…」
「あと、芽李の大切な寂しがり屋、芽李が引きずって連れてくればいいと思う、芽李がスカウトしたって聞いたらみんなは否応なく受け入れてくれるはずだから」
「そうかな」
「うん」
「いいのかな、それで」
「いいよ。それで。飲み終わった?」
「うん」
「じゃあ、遠回りして帰ろう。みんなが起きるまで多分まだ時間あるから」
密さんが立ち上がる。
「ありがとう、密さん」
「オレも、ありがとう」
飲み干した紙コップを私も同じようにくしゃっとして、同じように投げてみせる。
「へたくそ」
「まだ落ちてもないのに」
「それじゃあ入るわけない」
「辛辣、って、密さんが下手くそって言うからゴミ箱から外れた」
渋々、それを拾いにいけば思ったよりも全然手前に落ちていて、才能の無さな驚くよりも、密さんの意外な才能に驚いた。
「芽李、上見て桜の蕾」
「あ、ほんとだ」
「まだ全然硬いし、数はないけど」
「春組の公演には間に合うかな」
「多分」
蕾にさよならを告げて、2人で公園を出る。
密さんは猫みたいにゆらゆらと、優しい歩幅で歩く。
私はその後を、ゆっくりとついていく。
数年前までよく知っていたはずの街並みだったのに、いつのまにか少し表情を変えて。
それだけ年月が過ぎていたのだと実感する。
つまりはそれだけ長く、千景さんと一緒にいたってことだ。
たった数年、されど数年。
…だからやっぱり、会いたくなるよ。
あれだけそばにいたんだから。
「あ、パン屋さん」
「オレ、パンよりマシュマロがいい」
「甘いマシュマロみたいなパンあるかもよ」
「…………まぁ、見てみてもいい」
「じゃあ、みんなにお土産買って帰ろうか」
「うん」
朝早くから開店してたパン屋さんの店内はすごくいい香りが漂って、店主は優しそうなふくよかなお爺さん。
カレーパンはもちろん、たまごサンドとか、ピザパンとか、ナポリタンが挟んであるコッペパンとか、お盆に載せるたびにみんなの顔が浮かんで、ついつい買いすぎる。
「買い過ぎかな?」
「うん」