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3月9日  【A3】

第29章 御衣黄


 「ふっ、」
 「低反発と高反発どっちにも寝たいときもある」
 「ははっ、どういうこと」
 「そばに居て欲しいって、みんな思ってるってこと」
 「…」
 「昨日の、寮は騒がしかったけど、嫌いじゃない。
 今まではどこかみんな暗くて、ううん、寂しそうだった。
 昨日はすごく楽しかった。たまにでいいから、来て」

 密さんのまっすぐな目に惹きこまれる。

 「…私、欲しがりなのかな」
 「それはあるかも」
 「そっか、…そうなのか」
 「それから少しめんどくさい。アリスよりも」
 「アリスさんよりも?」
 「いい意味で」
 「アリスさん面白いじゃん。詩の朗読はまた見たいって思ったよ」
 「奇特」
 「ふっ、」
 「芽李は花が咲くように笑うのに、仏頂面ばっかりでもったいない」
 「仏頂面してた?」
 「うん」
 「そっか。ごめん。…だけど。花が咲くように笑うのは、咲の特権なのに」
 「いいんじゃない?咲也とは姉弟なんだから、佐久間家の特権で」

 優しく笑った密さんが、たまに見せてくれた千景さんの笑顔に重なって、胸がじんわりと温かくなる。

 「ありがとう、密さん」
 「…どういたしまして」

 密さんが飲み干した紙コップをくしゃっとつぶす。

 「ねぇ、芽李」
 「ん?」
 「オレがここからコレをなげたら、入ると思う?外すと思う?」
 「結構ゴミ箱まで距離ありますけど」
 「だから、どっち?」
 「えっと、…外す?」
 「そう。じゃあ、オレが入れたらなんでも一つ絶対言うこと聞いて?」
 「破ったら?」
 「咲也が人質になる」
 「え?」
 「嘘。冗談だけど、芽李は破れない。オレらのこと大好きだから、結局オレらに甘いから。
 だから」

 狙いを定めて、腕を振りかぶる。
 一体どこにそんな力があるんだろうと思うくらい、遠くへ。

 ストンっと吸い込まれるように入ったその、紙コップ。

 「嘘じゃん」
 「嘘じゃない」
 「…お願いって?」
 「今日を最後にするって言ったの取り消して、みんなが必要って言ってる時は少なからず顔を出して欲しい、みんなに笑ってて欲しいから、それから、」
 「待って、ひとつじゃなくない?」
 「まだ丸で区切ってないから、ひとつ」
 「わかったよ、続けて」
 「それから、芽李が1人で寂しくなったら、」

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