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3月9日  【A3】

第29章 御衣黄


 「料理は格段に臣君の方が美味しいしね」
 「臣のせい?」
 「ううん。まぁ、あと…至さんのこと昔好きになっちゃってたしね」
 「でも、寮の約束にはない」
 「そうだね、質素倹約節制には含まれてないか。まぁ、でも…。
 んー、…でもねぇ、あの頃はそうはいかなかったんだよね。
 至さんのこと、寮のこと、弟のこと、みんな1番大事だったから、全部手放した方が楽だったの。
 狡いからさ、わたしは」
 「ずるいの?」
 「そう、ずるいの。今の道の方が、あの頃は楽な道だと思ったの」
 「どうして?」
 「一緒に歩いてくれるって、言ってくれた人がいたから」
 「それが旦那さん?」
 「うん、まぁ。実際にはずっと前を歩いてたんだけど、歩幅も合わせてくれないし、勝手に決めちゃうし、寂しがり屋のくせに私のこと置いてくし」
 「ふーん…」
 「好き、とかじゃないの。いや、好きなんだよ?でも、そう言うんじゃなくて、うーん、好きなんだけど」
 「どっち?」
 「恋と愛みたいな?情っていうか、」
 「ちがうの?」
 「よく言うじゃん、恋は下心、愛は真心って。愛情だったんだけど、…な」

 だったんだけど、…。

 「芽李、至には恋だったの?」
 「…どうかな」
 「ふーん」
 「じゃあ、旦那さんと至どっちが好き?」
 「うーん…」
 「…不器用」
 「え?」
 「芽李はとっても不器用。芽李こそ、カンパニーのみんなが、オレたちが必要なんじゃないの」
 「…ううん。もう十分、お腹いっぱい。私昨日が夢見たいに思ってる、こんな幸せつづいちゃいけないの。
 知ってるんだ、自分が満たされれば満たされた分、それ以上に欲の深い人間になっちゃうような、そんな奴だから、私は」
 「そんなことない」
 「そんなことあるの、密さんはわからない」
 「…」
 「わかってほしくない、がっかりするだろうから。
 まぁ、とにかく、寮に戻る気はないよ。お土産も渡したし、もう意味もないから、寮に行くのは今日を最後にしようって思ってた」
 「だめ」
 「ダメなのは無関係な私が、今更寮にいる今だよ」

 感傷的なのは、今の季節のせいだと思いたい。

 「けど、まぁ…そうだな」
 「…なに?」
 「もし、…ね?もしだよ」
 「ん」
 「私の大切な寂しがり屋が、春組にいたら、ちょっとそばで見守りたいなって」
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