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3月9日  【A3】

第29章 御衣黄


 「じゃあ、ちょっと先いってて」

 コンビニの前を通り過ぎようとした時、密さんが足を止める。

 「え、ちょっと」
 「すぐ追いつくから」

 手を振られ、仕方ないかと先に公園に向かう。

 朝の風が冷たくて爽やかだ。

 「いい風だぁ〜」

 なんて言ってるうちに、後ろから聞こえた駆ける音。

 「芽李、追いついた」

 湯気の立つカップ二つ持って立っている、密さんがいた。

 「はい」
 「あ、ありがとうございます」
 「待って」

 ポケットから出てきたのはテトラポットみたいな、三角のパッケージに入った小さなマシュマロ。

 それを私の分のココアにパラパラとかける。

 「どうぞ」

 密さんはそう言って目配せをすると、自分はベンチに腰掛ける。

 「ありがとう」
 「恩返し、まだだったから」
 「恩返し?」
 「ずっと思ってた、昨日から言おう、言いたいって。オレが冬組のみんなに会えたのは、芽李のおかげ。
 アドバイスくれたから、ココアも」

 自分の分には、私の倍の量のマシュマロを入れてる。
 もうマシュマロの味しかしないんじゃないかと思う。

 「だから、ありがとう」
 「そんな、…いえ。全然、むしろ私の方こそありがとうございます。
 みんなの舞台は、欠かさず配信とかでも見ていて、…旦那は密さんのファンだったみたいで。
 密さんのおかげで、旦那と2人でとても楽しむことができました」
 「そう?」
 「はい、ふふっ」
 「…オレ、たまに考えるんだ。あの日、寮に行く前に芽李に会ってなかったらって。
 今じゃ想像もつかないけど、アリスや東や丞や紬にも会えてなかったんだなって。
 …芽李は、これから寮に戻ってくるの?」
 「え?」
 「昨日、みんなが言ってたから。そうなればいいのにって」
 「…どうだろう」

 密さんがココアを飲むのを真似して、私も同じように含む。
 少し苦いココアには、確かにマシュマロもマッチしている。
 まだ寒さが残る春の日にはちょうどいい。

 「密さん、私ね」
 「ん?」
 「私、わからないんだ。みんなは優しいから、出戻りでも許してくれるんだろうけど、私は自分の価値を意味を、あの劇団の中に見いだせない。
 最初のうちは私がやってた家事とかそう言うのも、今はみんなで分担して上手いことできてるでしょ」
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