第29章 御衣黄
「だって、いいひとだから。…かげさんは」
至さんの顔、きっともう見られないんだなって思いながら、夢の中で千景さんの話をする。
夢の中でさえ、至さんはお洒落で。
それが寂しいのは、なんだか距離が取られているのを潜在的にわかってしまうからで。
千景さんを心配する反面、ずっと残った至さんへの気持ちが古傷みたいで切ない。
もっと純粋にただ本当に、素直になるなら、きっと傷になんかならないのに。
私、どうしたいんだろう。
どうしてここに、千景さんがいて欲しいってこんなに強く思うんだろう。
どうしてこんなに会いたいって思うんだろう?
ずっとそればかり考えている気がするな。
ートントン、トントン。
「ん…」
朝方、ドアがノックされる音で目が覚めた。
「…はい」
頭の痛みで、今が現実だとわかる。
「オレ、入ってもいい?」
「え?!」
ガチャっとドアを開けたのは、まさかの密さん。
「ずっと話したくて」
「あ、うん。はい」
「お散歩行かない?」
「え、あ、はい」
「玄関に来て、待ってるから」
時計を見ると、まだ四時台で。
お日様も起きていないみたいだ。
頭の痛みは残るものの、待たせているからと急いで支度をする。
「お待たせしました」
「んーん、待ってない。鍵、持ってて。オレ、無くしちゃうから」
「あ、わかりました」
なるべく静かに寮を出る。
「公園でいい?初めて会ったところ」
「いいですよ、」
「芽李は、オレの知り合い?」
「まぁ、もう知り合いだとは思います」
「記憶をなくす前のオレを知ってた?」
「いえ、」
「そっか…」
しゅんとする顔に胸が痛む。
「どうして、そう思ったんですか?」
「オレを助けてくれたから。それに、なんだか知っている匂いがした気がしたから」
「匂い?」
「気のせいかも」
「そうですか」
「芽李は、至が好き?」
「え?」
「そう思っただけ。至、大事そうに運んでた、芽李のこと」
「はい?」
「昨日」
「昨日!?」
「オレは、至のあんな顔初めて見たから、気になって」
「てか、え?」
「どうしたの?」
「あ、いや。なんでも、ないです。芽李、ココア好き?」
「好きですよ」