第29章 御衣黄
「むすんでない」
「まぁね」
「おしゃれ」
「お洒落が意地悪なの?」
「ちがうひとみたい」
「…あぁ」
至さんと目が合うのは、彼が覗き込んでるからとかではなく、ずっと私が見てたからだ。
「…しい」
「え?」
「さびしい」
「俺がお洒落だと寂しいの?」
「んー?わかんない」
「何それ、俺も分かんないんだけど」
「でも、さびしい」
フワッと香ったのは、至さんの甘い匂い。
「誘ってんの?」
「んーん、」
「まぁ、再会のハグってことで。ノーカンね」
ひどく落ち着くのに、心が痛む。
傷になる前にどうにかしなきゃいけないのに、このままでいたい気がする。
「…もう戻ってこないかと思った」
耳元で聞こえる声は低くて、甘くて、優しい。
「おかえり、芽李。ずっとここにいてよ」
「んーん」
「ははっ、だよね」
「いたるさん」
「ん?」
「ゆめならいいのにね」
「え?」
「ぜんぶ、ゆめならいいのに」
「どう言うこと?」
「ねむい」
「は?」
「ねむいから、ゆめじゃないね」
「夢じゃないよ」
夢の中で、至さんが夢じゃないと私に告げる。
「うそつき」
「眠いから夢じゃないって言ったのは、芽李でしょ」
「だって、いたるさんがだきしめてるから」
「離す?」
「まだいい」
「いいんだ」
「あのね、…さんはね、」
「誰?」
千景さんは、
「すごくやさしくてね、まじめでね、いたるさんとはせいはんたいでね、」
「あぁ、…旦那さんか」
そっと体温が離れる。
「でも、にてるの」
「俺に?」
「だから、いいなぁっておもったの」
「俺じゃダメだったのに?」
「わたし、どうすればいいかなぁ」
「…」
「わたしがこんなんだから、きっとどこかでないてるんだ」
「その人、すぐ泣くような人なの?」
「さびしがりやの、つよがりだから。…わかってるんだ、わかってるんだけど、なぁ…」
「…」
「しんぱいなの、きえちゃうんじゃないかって」
「消えるの?」
「ここにいてくれたらいいのに」
「修羅場じゃん」
「いたるさんが、やさしくしてあげればいいんだよ」
「お前すごいこと言うね」
「ふふ、いわなくても。いわなくても、いたるさんはやさしくするんだよ」