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3月9日  【A3】

第28章 関山


 「続けるけど、茅ヶ崎のことで泣いていた君が、俺といる時に笑うようになったことも、なんだかんだ言って満たされていたんだなって思うよ」

 未だ見えない表情。背中ではどんなことを考えているのかわからない。
 だけど、千景さんの口から言い慣れていたようにスルッと出てきた名前が、今もまだやっぱり少し擦り傷を作るようで、痛い。

 「それと同時に、君は不自然なくらいアイツのこと…例えばグッズにしろ、映像や雑誌にしろ、集めないようにしていたようだけど」
 「…」
 「君を北海道に連れて行った日、あの劇団のお芝居が大好きな君が仕事で誤魔化していたのは、やっぱり茅ヶ崎に会いたくなかったからだろ?」
 「…何、言ってるんですか」
 「本当のこと」
 「それ、千景さんに関係ありますか」
 「怒っちゃった?」
 「…怒ってません」
 「全部知ってる。北海道に連れて行くまで君は"観察対象"だったからね」

 急に目の前の千景さんが、知らない人に思えて怖い。

 「私なんか、観察して面白かったですか」
 「全然。任務の一環だからね」
 「任務?」
 「君の親戚が手を組んだ悪党を始末する為の、ね」
 「そうでしたね」
 「残党も殲滅したし、君は親戚に脅かされることももうないだろう。よほどのクズが出てこない限りは……と言うことでさ」

 そう言って振り向いた千景さんは、案外あっけなくて。

 「俺の任務も、君の役目も、今日で一旦終わりにしようか」
 「あの」

 コートの内ポケットから千景さんが出したのは、小さく畳まれた見覚えのある紙。

 「それ、」

 千景さんの隣に並ぶ、私の字。

 「婚姻届じゃないですか」
 「そうだね」

 ビリッ

 と、ただの紙切れみたいに千景さんが破る。

 「これで今日から晴れて他人」
 「は?」
 「君とはここで」

 そう言ってドアノブに手をかけた千景さんを止める。

 「待って」

 ぎゅっと、腕を掴む。

 「…なに?」
 「説明してくださいよ、言ったじゃないですか。千景さん私が帰る場所だって、復讐手伝えって」
 「…そんなこと、言ったかな」
 「言いました、絶対言いました。どこに行こうとしてるんですか?なんで他人っていうの?
 どうしてただの紙切れみたいに、…っ、私言ったじゃないですか。
 千景さんのこと、…大好きになったって」
 「…」
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