第28章 関山
「続けるけど、茅ヶ崎のことで泣いていた君が、俺といる時に笑うようになったことも、なんだかんだ言って満たされていたんだなって思うよ」
未だ見えない表情。背中ではどんなことを考えているのかわからない。
だけど、千景さんの口から言い慣れていたようにスルッと出てきた名前が、今もまだやっぱり少し擦り傷を作るようで、痛い。
「それと同時に、君は不自然なくらいアイツのこと…例えばグッズにしろ、映像や雑誌にしろ、集めないようにしていたようだけど」
「…」
「君を北海道に連れて行った日、あの劇団のお芝居が大好きな君が仕事で誤魔化していたのは、やっぱり茅ヶ崎に会いたくなかったからだろ?」
「…何、言ってるんですか」
「本当のこと」
「それ、千景さんに関係ありますか」
「怒っちゃった?」
「…怒ってません」
「全部知ってる。北海道に連れて行くまで君は"観察対象"だったからね」
急に目の前の千景さんが、知らない人に思えて怖い。
「私なんか、観察して面白かったですか」
「全然。任務の一環だからね」
「任務?」
「君の親戚が手を組んだ悪党を始末する為の、ね」
「そうでしたね」
「残党も殲滅したし、君は親戚に脅かされることももうないだろう。よほどのクズが出てこない限りは……と言うことでさ」
そう言って振り向いた千景さんは、案外あっけなくて。
「俺の任務も、君の役目も、今日で一旦終わりにしようか」
「あの」
コートの内ポケットから千景さんが出したのは、小さく畳まれた見覚えのある紙。
「それ、」
千景さんの隣に並ぶ、私の字。
「婚姻届じゃないですか」
「そうだね」
ビリッ
と、ただの紙切れみたいに千景さんが破る。
「これで今日から晴れて他人」
「は?」
「君とはここで」
そう言ってドアノブに手をかけた千景さんを止める。
「待って」
ぎゅっと、腕を掴む。
「…なに?」
「説明してくださいよ、言ったじゃないですか。千景さん私が帰る場所だって、復讐手伝えって」
「…そんなこと、言ったかな」
「言いました、絶対言いました。どこに行こうとしてるんですか?なんで他人っていうの?
どうしてただの紙切れみたいに、…っ、私言ったじゃないですか。
千景さんのこと、…大好きになったって」
「…」