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3月9日  【A3】

第28章 関山


 料金のメーターが止まってお金を出すまでの間、世間話程度に聞いてきた運転手さんに、千景さんが適当に返事をする。

 「そうですね、仕事の都合で今日から移り住むことになって」

 タクシーのおじさんは、微笑ましそうに私達を見てた。

 荷物を下ろすのも手伝ってくれて、"仲良くね"と、励ましてくれた。

 「いい人でしたね」
 「荷物そっち持って。ここの415号室だから」
 「あ、はい」

 千景さんに急かされるように、中に入る。
 綺麗な外装、おしゃれなマンション。

 無機質って言ってたはずなのにって思った。

 千景さんは荷物を持って、私の後ろをついてくる。
 いつもと逆だなって、ただそれくらいの感覚。

 言われた部屋の前、私が鍵を開ける。

 「千景さん、先どうぞ」
 「いや、俺が抑えてる」

 私が抑えてたドアを片足で支えた千景さんに覚えた違和感。

 「ありがとうございます」
 「向かって右が君の部屋だから、先に荷物置いておいで」
 「…わかりました」

 促された通り、荷物だけを置きに行ってチラッと玄関を除けば、千景さんが靴を脱ぐのに戸惑ってるのか、荷物だけを置いて腰掛けている。

 珍しいなって思った。

 「どうしたんですか?」
 「荷物、置いてきたの?」
 「うん」
 「そう。じゃあ、こんなこと二度と言わないから、ちゃんと聞いててね」
 「千景さん?」

 見えるのは広い背中だけで、表情さえ見えない。

 「君のご飯は美味しかったし、"お帰りなさい"って言葉は懐かしかった」
 「千景さんが言うならなんでも作りますし、何回でも言いますよ。
 今日は何食べます?引っ越しのバタバタでお腹減ってますよね?お土産食べます?」
 「…君はいつまでも変わらないね。まぁ、でも。そんな君の笑顔に何度も絆されそうになった」
 「うん?」
 「なんてね、嘘だけど」
 「千景さん、冗談そのくらいにして中に入ったらどうですか?」

 声をかけても、靴を脱ぐ気配もない。

 ただ立ち上がっただけ。

 「千景さん?」
 「S'il te plaît, vois à travers mes mensonges」
 「え?」

 小さな声がうまく拾えない。
 私の知らない言葉で、千景さんの多分本音で。

 「千景さん、もう一回」
 「2度は言わないって、言っただろ」
 「でも、」
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