第28章 関山
料金のメーターが止まってお金を出すまでの間、世間話程度に聞いてきた運転手さんに、千景さんが適当に返事をする。
「そうですね、仕事の都合で今日から移り住むことになって」
タクシーのおじさんは、微笑ましそうに私達を見てた。
荷物を下ろすのも手伝ってくれて、"仲良くね"と、励ましてくれた。
「いい人でしたね」
「荷物そっち持って。ここの415号室だから」
「あ、はい」
千景さんに急かされるように、中に入る。
綺麗な外装、おしゃれなマンション。
無機質って言ってたはずなのにって思った。
千景さんは荷物を持って、私の後ろをついてくる。
いつもと逆だなって、ただそれくらいの感覚。
言われた部屋の前、私が鍵を開ける。
「千景さん、先どうぞ」
「いや、俺が抑えてる」
私が抑えてたドアを片足で支えた千景さんに覚えた違和感。
「ありがとうございます」
「向かって右が君の部屋だから、先に荷物置いておいで」
「…わかりました」
促された通り、荷物だけを置きに行ってチラッと玄関を除けば、千景さんが靴を脱ぐのに戸惑ってるのか、荷物だけを置いて腰掛けている。
珍しいなって思った。
「どうしたんですか?」
「荷物、置いてきたの?」
「うん」
「そう。じゃあ、こんなこと二度と言わないから、ちゃんと聞いててね」
「千景さん?」
見えるのは広い背中だけで、表情さえ見えない。
「君のご飯は美味しかったし、"お帰りなさい"って言葉は懐かしかった」
「千景さんが言うならなんでも作りますし、何回でも言いますよ。
今日は何食べます?引っ越しのバタバタでお腹減ってますよね?お土産食べます?」
「…君はいつまでも変わらないね。まぁ、でも。そんな君の笑顔に何度も絆されそうになった」
「うん?」
「なんてね、嘘だけど」
「千景さん、冗談そのくらいにして中に入ったらどうですか?」
声をかけても、靴を脱ぐ気配もない。
ただ立ち上がっただけ。
「千景さん?」
「S'il te plaît, vois à travers mes mensonges」
「え?」
小さな声がうまく拾えない。
私の知らない言葉で、千景さんの多分本音で。
「千景さん、もう一回」
「2度は言わないって、言っただろ」
「でも、」