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3月9日  【A3】

第28章 関山


 「んー!!着いた東京!!」
 「どう、久しぶりの東京は」
 「人が多くて、いい意味で自然がない」
 「言えてる。じゃあ、行こっか」

 やっぱりここでも繋ぐんだって、思ったのは秘密。

 「次のところはどんなところですか?」
 「少し無機質かも」
 「まぁ、でも。住めば都って言いますもんね」
 「そうだね」
 「千景さん?」
 「どうしたの?」

 こんなこと言ったら、うまく誤魔化すんだろうか。
 なんかずっと、寂しそうだ。
 ここのところ、ずっと。

 ふとした時の表情が消えてしまいそうで、困る。

 「変なこと言っていいですか」
 「割といつもでしょ」
 「私のこと、置いていかないでくださいね」
 「……」
 「千景さん?」
 「約束はできないな」
 「え?」
 「人間、いつ死ぬかわからないでしょ。俺も、君も」
 「それはそう、ですけど」

 握られた手に力を込めても、今度は強く握り返してくれなかった。

 「ねぇ」
 「なんですか」
 「俺もさ」

 千景さんが止まる。

 「結構楽しかったみたいだ」

 良かったって、言えなかった。
 何かを決意するみたいな、そんな顔に見えて。

 「…もっと、ありますよ。これから」

 そう言った私の言葉が風に消えて。

 千景さんも何も言わない。

 「新しい家の鍵、渡しておく」
 「え、今ですか?」
 「うん、今」
 「ありがとうございます」

 もらった鍵には、リボンのついた小さな鈴とウサギのキーホルダーがついている。

 「可愛い」
 「君、無くしそうだからね」
 「千景さんのは?」
 「俺のはないよ」
 「まぁ、キーホルダーつけなさそうですしね」
 「…タクシー拾おうか」
 「そうですね」
 「あぁ、それと。乗りながら見ててね、一応。どこになんの店があるか」
 「わかりました」

 千景さんが片手をあげて、止まってくれたタクシーに荷物を詰め込んで乗り込む。

 乗り込んでもまだ、繋いだ手はそのまま。

 だから私、ずっと外を見ていた。
 安心し切ってた。

 もっと見ておけば良かった。
 千景さんのこと。

 そしたら少しは、わかったかな。

 千景さんの寂しさや、覚悟を。
 そこに私がいないことを。

 千景さんが言った住所まで、信号を止まらずに着いたのは多分奇跡だ。

 「お客さんたち、新婚さんかい?」
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