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3月9日  【A3】

第28章 関山


 「大丈夫です」
 「じゃあ、はい」

 差し出された手は、どんな意味を持つのか。
 夫婦になって初めてだ。

 …でも、これで拒んだらきっともう求めてはこない気もして、えいっと掴む。

 「…」

 そのくせ何も言わないから、冷や汗をかきそうでドキッとする。

 「…想像より小さかった」
 「ちゃんと繋ぐの初めてですもんね」
 「大人になってからはね」
 「子供の時はよく繋いでたんですか?女の子と」
 「俺、女の子得意じゃないって言わなかった?」
 「知らなかったですけど、多分…あ、嘘。
 初めて会った時言ってましたね。飛行機から降りる時」
 「覚えてたんだ」
 「忘れませんよ、結構衝撃的だったんで」
 「まぁ、あれが初めてじゃないけどね」

 珍しく千景さんの優しさのあるエスコートで、車に乗り込む。
 千景さんが優しいのは割としょっちゅうあるけど、エスコートなんてたまにしかしない。

 そこに不満は勿論ない。

 お姫様でもないんだし。

 ただちょっと、ちょーっと、薄れてきてはいるけども、ちくっと胸を刺す痛みが、あるだけだ。

 チラッと浮かんでしまうんだ、ミルクティーみたいに甘くて苦い初恋みたいなあの時を。

 え?これって浮気に入っちゃう?

 「ねぇ、芽李」
 「…はい!」
 「お願いがあるんだけど、いいかな?」
 「できることなら、何なりと」

 正面を見たまま、らしくもなく弱々しく言うから、思わずそう答えてしまったけど、千景さんに何なりとはまずかった気がする。

 「こんなこと頼むの、申し訳ないんだけど」
 「なんですか?」
 「…今度は俺の復讐、手伝ってよ」
 「復讐?」
 「あぁ」

 先ほどのが嘘みたいに、熱をなくしてくから。

 千景さんのそれに、ごくりと唾を飲んだ。

 「例えば」
 「君は、俺の言う通り動いてくれればいい。
 普段は君の自由で構わない」

 思えばこの時からだった。
 千景さんは名前を呼んでくれなくなった。

 「千景さん?」
 「…安心して、犯罪まがいのは頼まないから」

 復讐なんてやめなよ、なんて言えない。
 言えるほど知らない。
 暴こうとすら思わず、これから知ればいいって思った。

 だってこれから先も、ずっと2人でいるんでしょう?

 だって紙に書いて誓ったもんね。
 神や人に誓わなくても。
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