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3月9日  【A3】

第28章 関山


 「それで荷物最後?」
 「はい」
 「了解、案外早く終わってよかったよ。…時間、間に合いそうだな」

 仕事の契約期間が終わり、晴れて無職になった私は先日の千景さんからのお話の通り、明日には東京へと移り住む手筈だ。

 とはいえ、全然気持ちは晴れていない。

 あんな壮大な(当社比)別れをして何十年も経たずに、ひょっこり戻るのはやはりいくらなんでも気まずい。

 スーパーで会ってでも見ろ、私は絶対隠れ逃げる自信しかない。

 「千景さん」
 「なに?」
 「どうして転勤に?」
 「あれ?言ってなかったっけ」
 「何をです?」
 「俺、元々本社勤務だよ」

 ・・・。

 ん?

 しれっと言ってのけた千景さんに思考が止まる。
 私、勝手に支店勤務だと思ってた。
 え、じゃあなに?
 わざわざ通ってたってこと?
 生産性なくない?
 私のためってこと?
 え?

 「百面相になってるけど、大丈夫?」
 「いまいち飲み込めなくて」
 「あー…。
 まぁ、そうだよね。心配しなくても、君の為だけじゃないから。
 社長直々のお願いっていうのもあってさ。
 守秘義務があるから、詳しくは話せないんだけど」
 「東京と北海道往復してたってことですか?確かに、帰ってこない日はありましたけど」
 「まぁ、そういうことだね」
 「こっちに移り住む前も?あの、夏組集めた後くらいの時期の」
 「あー…忘れちゃった。まぁいいじゃない。今日からは東京で暮らすってだけ。
 言ったでしょ、君がいるところが俺の帰る場所だって」

 上手く丸め込まれた気がするけど、この言い方はこれ以上踏み込まないでってことだ。

 「…もっと早く東京に戻ってたら、千景さんだって楽だったのに」
 「あっちに居たら、芽李は戻っちゃうでしょ」
 「戻っちゃう?どこにですか?」
 「俺だけの君にしたかった…って、言ったら?」
 「…今日は随分甘いなって」

 困ったように笑う千景さんの顔が少し切なくて、バクバクと心臓が音を立てる。

 「こんなに一緒にいたらさ、流石に俺に絆されてくれるんじゃないかと思って」
 「何言ってるんですか、夫婦なのに」
 「…今のところはね」
 「千景さん?」
 「やめておこう、柄じゃない。
 さて、そろそろ無駄話はいいかな。忘れ物はない?それこそもう、ここに戻ってはこないから」
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