第28章 関山
「それで荷物最後?」
「はい」
「了解、案外早く終わってよかったよ。…時間、間に合いそうだな」
仕事の契約期間が終わり、晴れて無職になった私は先日の千景さんからのお話の通り、明日には東京へと移り住む手筈だ。
とはいえ、全然気持ちは晴れていない。
あんな壮大な(当社比)別れをして何十年も経たずに、ひょっこり戻るのはやはりいくらなんでも気まずい。
スーパーで会ってでも見ろ、私は絶対隠れ逃げる自信しかない。
「千景さん」
「なに?」
「どうして転勤に?」
「あれ?言ってなかったっけ」
「何をです?」
「俺、元々本社勤務だよ」
・・・。
ん?
しれっと言ってのけた千景さんに思考が止まる。
私、勝手に支店勤務だと思ってた。
え、じゃあなに?
わざわざ通ってたってこと?
生産性なくない?
私のためってこと?
え?
「百面相になってるけど、大丈夫?」
「いまいち飲み込めなくて」
「あー…。
まぁ、そうだよね。心配しなくても、君の為だけじゃないから。
社長直々のお願いっていうのもあってさ。
守秘義務があるから、詳しくは話せないんだけど」
「東京と北海道往復してたってことですか?確かに、帰ってこない日はありましたけど」
「まぁ、そういうことだね」
「こっちに移り住む前も?あの、夏組集めた後くらいの時期の」
「あー…忘れちゃった。まぁいいじゃない。今日からは東京で暮らすってだけ。
言ったでしょ、君がいるところが俺の帰る場所だって」
上手く丸め込まれた気がするけど、この言い方はこれ以上踏み込まないでってことだ。
「…もっと早く東京に戻ってたら、千景さんだって楽だったのに」
「あっちに居たら、芽李は戻っちゃうでしょ」
「戻っちゃう?どこにですか?」
「俺だけの君にしたかった…って、言ったら?」
「…今日は随分甘いなって」
困ったように笑う千景さんの顔が少し切なくて、バクバクと心臓が音を立てる。
「こんなに一緒にいたらさ、流石に俺に絆されてくれるんじゃないかと思って」
「何言ってるんですか、夫婦なのに」
「…今のところはね」
「千景さん?」
「やめておこう、柄じゃない。
さて、そろそろ無駄話はいいかな。忘れ物はない?それこそもう、ここに戻ってはこないから」