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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 「ありがとう。…貴方もしかして、左京ちゃんのところの劇団員さん?」
 「ええ、まぁ。左京さんのお知り合いの方でしたか」
 「ふふふ、そうよ」

 左京さん関連で俺の知り合いなんていたかなと思いつつ、まぁいかと当たり障りのない挨拶をする。

 「その説はどうも、茅ヶ崎と申します」
 「私は駅の近くで花屋を…」

 …時間が止まった気がした。

 駅の近くの花屋、どうして俺気づかなかったんだろう。

 思いっきり、知ってるだろうが。

 グッと拳に力が入る。

 多分じゃなく、このご婦人の待ち人は俺と一緒で。
 そして一緒に来ていない時点で、きっと来ないつもりなんだろうと、なんとなくわかってしまった。

 「あの、大丈夫?」
 「はい」
 「ごめんなさいね、私ばかり話してしまって」
 「大丈夫ですよ」

 そんなふうにいい人ぶって言っても、俺はあんまり聞いてなくて。

 「ねぇ、よかったら芽李ちゃんが来るまでいてくれないかしら?…って、お仕事あるわよね。
 スタッフさんだものね」

 ほらやっぱり、聞き逃してしまうくらいあっさりと出てきた芽李という名前に、俺の心が締め付けられる。

 「芽李…来るんですか?」
 「来ると思うわ。だって、楽しみにしていたもの。
 見て、このくしゃくしゃなチケット。きっとずっと握りしめていたのね」
 「…」
 「私今日、亡くなった夫との結婚記念日だったの。お祝いにって芽李ちゃんがくれたけど、もう一枚チケットがあるからって。…多分気を使わせないための嘘ね」
 「え?」
 「でも、来るわ。だから、入り方もそうだけど、芽李ちゃんをここで待っていたいような気もして…あなたもそうよね?」
 「っ、」

 ドキッとした。

 というか、普通に怖い。
 見透かされすぎでは?

 「怖がらせちゃったかしら?
 ごめんなさいね。
 …芽李ちゃん、いつも楽しそうに劇団のことを話すの。
 うちに住むようになっても、もうそれこそ朝から晩まで。
 それでいて、あまり気づいていないのよ。そんなに劇団の話をしてるってこと」

 俺は黙って聞いていた。

 「多く出ていたのは“至さん"。だけど、最近はわざと言わないように、考えないようにしていたような気がしたわ」

 心臓を貫かれた様な感覚。
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