第26章 紫桜
「ありがとう。…貴方もしかして、左京ちゃんのところの劇団員さん?」
「ええ、まぁ。左京さんのお知り合いの方でしたか」
「ふふふ、そうよ」
左京さん関連で俺の知り合いなんていたかなと思いつつ、まぁいかと当たり障りのない挨拶をする。
「その説はどうも、茅ヶ崎と申します」
「私は駅の近くで花屋を…」
…時間が止まった気がした。
駅の近くの花屋、どうして俺気づかなかったんだろう。
思いっきり、知ってるだろうが。
グッと拳に力が入る。
多分じゃなく、このご婦人の待ち人は俺と一緒で。
そして一緒に来ていない時点で、きっと来ないつもりなんだろうと、なんとなくわかってしまった。
「あの、大丈夫?」
「はい」
「ごめんなさいね、私ばかり話してしまって」
「大丈夫ですよ」
そんなふうにいい人ぶって言っても、俺はあんまり聞いてなくて。
「ねぇ、よかったら芽李ちゃんが来るまでいてくれないかしら?…って、お仕事あるわよね。
スタッフさんだものね」
ほらやっぱり、聞き逃してしまうくらいあっさりと出てきた芽李という名前に、俺の心が締め付けられる。
「芽李…来るんですか?」
「来ると思うわ。だって、楽しみにしていたもの。
見て、このくしゃくしゃなチケット。きっとずっと握りしめていたのね」
「…」
「私今日、亡くなった夫との結婚記念日だったの。お祝いにって芽李ちゃんがくれたけど、もう一枚チケットがあるからって。…多分気を使わせないための嘘ね」
「え?」
「でも、来るわ。だから、入り方もそうだけど、芽李ちゃんをここで待っていたいような気もして…あなたもそうよね?」
「っ、」
ドキッとした。
というか、普通に怖い。
見透かされすぎでは?
「怖がらせちゃったかしら?
ごめんなさいね。
…芽李ちゃん、いつも楽しそうに劇団のことを話すの。
うちに住むようになっても、もうそれこそ朝から晩まで。
それでいて、あまり気づいていないのよ。そんなに劇団の話をしてるってこと」
俺は黙って聞いていた。
「多く出ていたのは“至さん"。だけど、最近はわざと言わないように、考えないようにしていたような気がしたわ」
心臓を貫かれた様な感覚。