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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 side 至

 俺は少しだけ期待していた。

 芽李は紬に絆されてきっと、この場所に来るんだろうと思っていた。

 「至さん、ソワソワしてんな?」

 そう、隣にいる万里にバレるくらいには。

 「うるさいよ。ソワソワしてないし」
 「芽李さん来たらどうすんの?」
 「どうもしないよ」
 「捕まえちゃえば?」

 まんざらでもないと思いながら、そう答える。
 たしかに、アリかもな。
 なんて、俺は芽李が傷つくようなことしたくないんだ。
 ただ一目会ってさ、ちょっと話してさ、そんでもって《面白かったね》とか、《次は春組の番だから至さんも頑張れ》なんて言われたかったりしただけだ。

 …言われてどうすんだよ。

 あー、やだやだ。

 会っていないせいで、バグってきてる。
 最近ギャルゲーにハマってるせいか、芽李が美化されてんだ。

 紬が言ってた。

 チケットは2枚渡したって、あわよくば俺が隣に座って観劇すんのもやぶさかではない。

 なんて思ってると、困ってそうなご婦人がいて。

 「万里ちょっと行ってくる」

 普段なら万里に行かせるところだけど、自分でと足を動かしたのは多分知り合いな気がしたからで。

 直接的ではなく、誰かの知り合いな気がしたからで。

 「至さん?」
 「もし芽李が来たら、一旦万里お願いしていい?
 後から行くから、絶対」
 「え、っちょ」

 ちょっと待っての言葉も聞かずに、まばらにいる人達を越してそのご婦人の元へ向かう。

 「あの、すみません。何かお困りですか?」

 スタッフと首から下げてるから、不審がられることはないだろうと思いながらも、外面の仮面をつけて問う。

 なんだったら、やっぱり万里に行かせた方がよかったと思ったのは後の祭りだったりする。

 手にしていたのは、関係者席のチケット。

 少しだけ、嫌な予感というか。

 「ご親切にどうもありがとうございます。
 チケットをくれた子が来るんじゃないかと思っていたのだけれど、まだ姿が見えなくてねぇ。
 お恥ずかしながら、このような大きな劇場に来たことがなかったから、少し緊張してしまって」
 「たしかに、立派な劇場ですもんね。よろしかったら、お席までご案内いたしましょうか?
 お連れ様もよろしければ、後でご案内致します」
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