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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 「芽李ちゃん、幸せになってね。
 いつでも帰ってきていいのよ…って、これは卯木さんの前で言ったらダメね。
 もう行ってしまうのかしら?」
 「お婆ちゃんに挨拶をしたら、行こうって思ってました」
 「そう、あ。そうだわ。ちょっと待っていてね?」

 ゆっくりとした動作で立ち上がったおばあちゃんが、部屋を出たあと、手に持っていたのは見覚えのあるバラの花束。

 「これね、芽李ちゃんにって」
 「え?」
 「花に罪はないものね、送り主はわかるでしょ」

 晴翔が受け取りにきていたものに似ていた。

 「どうして、私に?」
 「時間がある時、連絡してあげて」
 「…わかりました」
 「今してきたら?」
 「千景さん?」
 「そうね、善は急げよ。お部屋で電話してきたら?」
 「お婆ちゃんまで」
 「その間に私は、卯木さんの人となりをバッチリ見極めておくわね」

 なんてウインクを一つしたお婆ちゃん。

 「お手柔らかに」

 なんて千景さんは言っていたけど、多分飄々とするに違いない。

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 席を立って、私の部屋だった場所に向かう。
 借りていた家具以外、もう私のものはなかった。

 電話帳を開いて番号を探す。

 もしかして打ち上げ中だったりするんだろうか。

 などと思ったのは、発信ボタンを押した後。

 3コール目に、電話がつながった。
 結構慌ただしい音がした。

 『…はい』

 晴翔の声は、普通に聞くより少しだけ低く感じた。
 遠くの方で、楽しそうな声が響く。
 やっぱり、打ち上げ中だったみたいだ。

 「晴翔、あの、ごめんね」
 『なんの話?』
 「打ち上げ中だったよね、また今度」
 『待って、大丈夫だから。何?』
 「お婆ちゃんに、バラの花束貰って。見覚えがあったから、晴翔だよね?」
 『なんだよ、そのこと』

 安堵するようなため息が聞こえる。

 「私にだったの?」
 『そうだよ、お前にだったの。まぁ、でも、僕たち…今回はあれだったから、』
 「あれ?」
 『だーかーらー!その、お前らが!勝ったから、言うつもりも渡すつもりもなかったんだけど、…』
 「勝った?」
 『わざと?それ』

 ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚。
 勝ったんだ、認められたんだ。

 晴翔の手前、泣くわけにはいかないのに。
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