第26章 紫桜
「芽李ちゃん、幸せになってね。
いつでも帰ってきていいのよ…って、これは卯木さんの前で言ったらダメね。
もう行ってしまうのかしら?」
「お婆ちゃんに挨拶をしたら、行こうって思ってました」
「そう、あ。そうだわ。ちょっと待っていてね?」
ゆっくりとした動作で立ち上がったおばあちゃんが、部屋を出たあと、手に持っていたのは見覚えのあるバラの花束。
「これね、芽李ちゃんにって」
「え?」
「花に罪はないものね、送り主はわかるでしょ」
晴翔が受け取りにきていたものに似ていた。
「どうして、私に?」
「時間がある時、連絡してあげて」
「…わかりました」
「今してきたら?」
「千景さん?」
「そうね、善は急げよ。お部屋で電話してきたら?」
「お婆ちゃんまで」
「その間に私は、卯木さんの人となりをバッチリ見極めておくわね」
なんてウインクを一つしたお婆ちゃん。
「お手柔らかに」
なんて千景さんは言っていたけど、多分飄々とするに違いない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
席を立って、私の部屋だった場所に向かう。
借りていた家具以外、もう私のものはなかった。
電話帳を開いて番号を探す。
もしかして打ち上げ中だったりするんだろうか。
などと思ったのは、発信ボタンを押した後。
3コール目に、電話がつながった。
結構慌ただしい音がした。
『…はい』
晴翔の声は、普通に聞くより少しだけ低く感じた。
遠くの方で、楽しそうな声が響く。
やっぱり、打ち上げ中だったみたいだ。
「晴翔、あの、ごめんね」
『なんの話?』
「打ち上げ中だったよね、また今度」
『待って、大丈夫だから。何?』
「お婆ちゃんに、バラの花束貰って。見覚えがあったから、晴翔だよね?」
『なんだよ、そのこと』
安堵するようなため息が聞こえる。
「私にだったの?」
『そうだよ、お前にだったの。まぁ、でも、僕たち…今回はあれだったから、』
「あれ?」
『だーかーらー!その、お前らが!勝ったから、言うつもりも渡すつもりもなかったんだけど、…』
「勝った?」
『わざと?それ』
ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚。
勝ったんだ、認められたんだ。
晴翔の手前、泣くわけにはいかないのに。