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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 「芽李の基準そこなんだ」
 「はい」
 「全く、変なやつだな」
 「おもしれー女、でしょ?」
 「自分で言う奴に初めて会ったよ、…って、」

 千景さんが目を向ける先、タクシーから降りるお婆ちゃんと目が合った。

 「あらまぁ」

 少し悲しそうに、眉を顰めて笑った。

 「お婆ちゃんあの、」
 「先日はありがとうございました」
 「あぁ、やっぱり。マリーゴールドのお客様ね」
 「マリーゴールド?」
 「うん、ちょっとね。きっと友人も喜んでくれたと思います。
 ありがとうございました」
 「雪の中でする話でもないわね。何かお話があるんでしょう?
 あとは中で聞くわね」
 「お婆ちゃんには敵わないな…、千景さん」
 「あぁ」

 お婆ちゃんに促されて、雪を払って中へと足を進める。

 お茶を3人分用意して、私も席についた。
 急須や湯呑みを用意するのも、もう慣れたもので、お婆ちゃんに聞かずともわかる。

 長い間お世話になった、なんて実際は片手で数えられるくらいの年数だけなのに。

 「芽李ちゃん、ありがとう。
 それで、大体は察しがついているけれど、改めて聞かせてくれるかしら?」
 「…」

 どこまで言っていいんだろうとか、今更になって口が回らない。
 そんな私をみかねて、先に口を開いたのは千景さんだ。

 「…卯木千景といいます。
 芽李さんとお付き合いさせていただいております」

 見定めるように目を細めたあと、優しく笑ったお婆ちゃんに何故か胸を撫で下ろしてしまった。

 「そう、あなたが」
 「結婚を機に彼女の生まれた北海道に移り住むというのが、2人の夢で…、ね?」
 「…はい。それで、…えっと、…寮を出てすぐにでもって話にもなったんですけど、私が観たいって…冬組の舞台を」
 「そう」
 「それで、今日が冬組の本当の千秋楽だったから、今日彼が迎えにきてくれて…
 言い出せずにいて、申し訳ありません。
 たくさんお世話になったのに、お店のこともあるのに」
 「お店のことはいいのよ、芽李ちゃんが来るまでもともと1人でやっていたしね。
 まぁ、でも寂しくなるわね。北海道…簡単に会える距離じゃないしね。…卯木さん」
 「はい」
 「芽李ちゃんのこと、よろしくお願いします。私にとって、もう娘みたいなものなのよ」
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