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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 「荷物、これ最後?」
 「はい」
 「本当に少ないね」
 「まぁ。あの」
 「…ん?」
 「チケット、ありがとうございました。
 本当は、お一人で観に行かれる予定だったんですよね?」
 「なんだ、気付いてたの。まぁ、仕事入ったのは本当。だから、無駄にならなくて良かったよ」

 ヒョイっと私のトランクを乗せて、ゆったりとそのドアを閉めた千景さんは、眼鏡の下で目を細める。

 「今度は一緒に観ましょうね?」
 「今度があれば、…ね。」
 「今度はありますよ、千景さん。なんだかんだ言って優しいので、そうだなぁ…映画とかどうです?
 あぁ!脱出ゲームとかも面白そうですよね。広い意味で言ったら、あれだってキャストさんの演技力問われますよね、観劇だ」
 「…ふっ」
 「なんです?」
 「要は俺とデートしたいってことかな?」
 「は?なんでそうなるんです?」
 「なんだ、違うの」
 「欲を言えば、ですよ。いっぱいそう言うのに触れてもらって、いつか、千景さんも…ううん。
 またいつか、交われたらって思っただけです。
 千景さんが観ないの後悔すると思うくらいには、控えめにいってもすごくいい舞台だったので」
 「なんだ、戻りたいの」
 「戻れないですよ。欲を言えばって言ったじゃないですか」
 「…交わることがあったとして、君は俺に何を望むの」
 「んー…春の兆しとかどうです?」
 「冬、じゃないんだ」
 「冬は千景さんには似合わない。暖かい場所にいて欲しいので」
 「変なこというね」
 「まぁでも、雪はにあいますよね。雪も滴るいい男って?」

 降り始めた雪がうっすらと千景さんの頭に積もっていて、振り解かれるかなっておもいつつ、その雪を払うためにそっと手を伸ばした。

 「雪は滴らないでしょ」
 「溶けたら滴りますよ」
 「それはもう雪じゃない」

 とかいいながら、案外振り解かないんだな。
 なんだったら少し屈んでくれてる。

 「まぁ、そしたら、あれです。
 千景さんの暖かさに、雪が耐えられなかったってことで。
 さすがスプリングボーイ」
 「ボーイって」
 「すみません、私の英語小学生の時のALTでとまってるので。
 千景さんは英語とくいですか?」
 「どう思う?」
 「んー…、千景さんはそつなくこなせそうですね。飛行機のベルト取れるくらい器用ですもんね」
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