第26章 紫桜
「荷物、これ最後?」
「はい」
「本当に少ないね」
「まぁ。あの」
「…ん?」
「チケット、ありがとうございました。
本当は、お一人で観に行かれる予定だったんですよね?」
「なんだ、気付いてたの。まぁ、仕事入ったのは本当。だから、無駄にならなくて良かったよ」
ヒョイっと私のトランクを乗せて、ゆったりとそのドアを閉めた千景さんは、眼鏡の下で目を細める。
「今度は一緒に観ましょうね?」
「今度があれば、…ね。」
「今度はありますよ、千景さん。なんだかんだ言って優しいので、そうだなぁ…映画とかどうです?
あぁ!脱出ゲームとかも面白そうですよね。広い意味で言ったら、あれだってキャストさんの演技力問われますよね、観劇だ」
「…ふっ」
「なんです?」
「要は俺とデートしたいってことかな?」
「は?なんでそうなるんです?」
「なんだ、違うの」
「欲を言えば、ですよ。いっぱいそう言うのに触れてもらって、いつか、千景さんも…ううん。
またいつか、交われたらって思っただけです。
千景さんが観ないの後悔すると思うくらいには、控えめにいってもすごくいい舞台だったので」
「なんだ、戻りたいの」
「戻れないですよ。欲を言えばって言ったじゃないですか」
「…交わることがあったとして、君は俺に何を望むの」
「んー…春の兆しとかどうです?」
「冬、じゃないんだ」
「冬は千景さんには似合わない。暖かい場所にいて欲しいので」
「変なこというね」
「まぁでも、雪はにあいますよね。雪も滴るいい男って?」
降り始めた雪がうっすらと千景さんの頭に積もっていて、振り解かれるかなっておもいつつ、その雪を払うためにそっと手を伸ばした。
「雪は滴らないでしょ」
「溶けたら滴りますよ」
「それはもう雪じゃない」
とかいいながら、案外振り解かないんだな。
なんだったら少し屈んでくれてる。
「まぁ、そしたら、あれです。
千景さんの暖かさに、雪が耐えられなかったってことで。
さすがスプリングボーイ」
「ボーイって」
「すみません、私の英語小学生の時のALTでとまってるので。
千景さんは英語とくいですか?」
「どう思う?」
「んー…、千景さんはそつなくこなせそうですね。飛行機のベルト取れるくらい器用ですもんね」