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3月9日  【A3】

第25章 桐ヶ谷


 その人に声をかけ、劇場を出る。
 よかったら投票だけでもと言う言葉に促され、祈りを込めてそっと一票を入れた。

 さよなら、多分これが私の青春だった。

 結末は見なかった。
 見られなかった。

 その資格がないのは、自分がよくわかっていた。
 逃げ出して、投げ出したのは私だ。

 広いロビーに私1人の足音が響く。

 最後にみんなに挨拶すればよかったかな…、って、今更どんな顔で会えばいいんだよ。

 咲にも、ひと声かければよかったかな…。

 なんて、これが今生の別れでもあるまいし。

 メールだけなら許されるかな。

 私、やっぱり自分勝手だ。
 今も、あの時も。

 身勝手だ。

 劇場の扉はやけに重く感じた。

 「芽李」

 その声に顔をあげた時、やっと自分が俯いていたことに気づいた。
 いつからだっけ、こうやって足元ばかりみるようになったのは。

 「どうだった?」

 風に揺れた髪は、ミルクティーブラウンじゃない。

 「…千景さん」
 「顔、拭いたら?」
 「あ…。はい」

 涙を拭ってくれるわけでも、抱きしめてくれるわけでもない。

 …って、随分と甘えたになったもんだな。
 今までは大丈夫だったはずなのに、こんなもの1人でどうにか出来たはずなのに。

 「そんなに良かった?」
 「えぇ、凄く。胸が痛いです」
 「病院でも行く?」

 冗談か本気か、私はまだこの人のことをよくわからない。

 「っふ、」

 でも、悪い人じゃないって知ってる。
 優しい人だって知ってる。

 「病院は行きません、大丈夫です」
 「…じゃあ行こうか。挨拶にでも」
 「おばあちゃん、誰かといたから先に帰ってましょう。荷物まとめたいので」
 「そう」
 「あ、咲…弟とかへの挨拶だったりしました?」
 「いや、いい。アイツに殴られそうだし」
 「アイツ?」
 「…なんでもない、荷物結構多いの?」
 「いえ。トランク一つ分と、ちょっとです」
 「以外」
 「あんまり多いと未練になるので」
 「…そう、じゃあ帰ろうか。お腹は空いてない?」
 「ペコペコです」
 「どこか寄ってく?」
 「千景さんのおすすめが食べたいです」
 「それなら、覚悟してね?」

 歩き出した千景さんの背中を追う。

 「どーぞ」

 開けてくれた助手席のドア。
 空からは雪が降り始めた。
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