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3月9日  【A3】

第25章 桐ヶ谷


 ノンブレスでツラツラと言い遂げた万里くんには思わず、拍手をしたくなった。
 なんて、場違いも甚だしい。

 婚約者が、なんて言えるか。
 かちこむって、前に言ってたし。

 「不正入手?」
 「ちがうよ!こんや…こんにゃ」

 ぽんぽんと、2回ほど頭を撫でられる。

 「なに、」
 「婚約者、来てんだ」
 「…」
 「今更黙ったって無駄。で、どこにいんの」
 「職場から電話が来たって車に」

 その時ピロンだと携帯が鳴る。
 メールだ。

 "すまない。急に仕事が入った。
 終わる頃に迎えにいくから、観劇楽しんで"

 登録してないアドレス、でも、千景さんだってわかった。

 「いたんだけど、仕事が入ったから劇見られないみたい」
 「は?…大丈夫なのかよ、その人」
 「多分、いい人」

 なんて話していると、支配人の声でアナウンスが流れる。
 チラッとスピーカーをみて、深いため息をついた万里くん。

 「席、どこ?」
 「えっと」
 「案内する」

 チラッと私のチケットを確認すると、そのまま手を引いてくる。

 「万里くん、ちょっと力強いかな」
 「気にすんな」

 重い扉をあけ、先に案内してくれた万里くん。

 「終わったら楽屋案内するから」
 「ダメだよ、私部外者だし、…待ってるし」
 「少しくらいいいだろ。つーか、婚約者サン一つしか席取ってなかったみたいだな。じゃあ、俺行くから。どーぞ、ごゆっくり」

 真ん中の列の、通路側の席。

 バッチリ全体を見渡せる席だ。

 おばあちゃんはとキョロキョロみわたすと、やはり最前列にいて、だけどその隣はきちんと埋まっている。
 チケットは2枚渡していたはずだけど…。

 なんて思いながらいると劇場の電気が消え、ブザーが鳴る。

 先行はゴット座のお芝居。
 劇場の作りに合うような荘厳で繊細でそんな演出のもと、堂々と1番に立つ晴翔の姿を見たら、花屋に来てくれる彼とはまた別人なのではないかと思ってしまう。

 同時に弱小劇団とMANKAIカンパニーに向けて言った彼の、その言葉の意味を覚悟を考えてしまった。

 考えたって仕方ないのに。

 でもやっぱり私が好きなのは、求めてるのは…。
 そんなことを考えしまうのは、一生懸命舞台に立つ彼らへの冒涜にも感じて、この瞬間だけはもう何も考えないようにしようと決めた。
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