第25章 桐ヶ谷
千景さんの車は、ゲームの音楽も流れないし甘い匂いもしない。
シンプルで、買ってきたままを保ってるように見える。
しいて言うなら、少し香辛料のような香りがする…ような気がする。
「もうすぐつくよ」
たしかに、ここを曲がればもうすぐだ。
「君って、そんなに静かだったっけ?」
「どう言う意味です?」
「借りてきた猫みたいだから。…辞めておく?」
「辞めませんけど」
「そう、じゃあチケット先に渡しておくね」
ハザードをつけ、一発で駐車した千景さんが胸ポケットから、チケットを1枚取り出す。
「…あぁ、ごめん。職場から電話だ。
悪いけど、先に入っててもらえる?」
「え、待ってますよ」
「困るな、聞かれたら色々まずいし、先に入ってて」
「…わかりました」
そこまで言われたら仕方ないと、降りてドアを閉めればにっこりと手を振った千景さんの表情がガラリとかわっていた。
たしかに、関わらない方がいいみたいな気もする。
寒さなのか、気まずさなのか、はたまた全部か。
劇場へと踏み入れる。
チケットを提示し、目深にフードを被る。
誰にも会いませんように。
懐かしい匂いがした。
そんな前でもないのに。
突然、ガシッと掴まれた腕。
「みーつけた」
鼓膜を揺らした声。
「ば、万里くん」
「何、コソコソしてんの。堂々としろよ」
スタッフと書かれた紙を入れて、ストラップを首からかけている。
腕を掴まれたまま、少し影の方までひきづられてく。
バレたくないんだけどな。
「ほんとタイミング悪ぃよな。アンタら」
「なんの話?」
「至さんから頼まれたの、俺は」
「なんで至さん?」
「芽李さん、紬さんからチケットもらったんだろ?
その案内で、至さんが案内頼まれたらしい。
でも、芽李さんが来る少し前に花屋のおばあちゃんが来てさ。
至さんそっちの案内してる。
その間に芽李さんが来るかもしれないから、俺に頼んできたんだよ。
山田だっけ?アイツにも芽李さんチケット持ってないだろうけど、おばあちゃんが2枚持ってるからそれで入れてやれってさ。
で、芽李さんは、誰のチケットではいってきたんだ?」
「さすが役者さん」
「は?」
「ノンブレスで言ってたから」