第25章 桐ヶ谷
「こんばんわ、ごめんね。閉店間際に」
「千景さん」
「驚いた?」
「驚いたもなにも、どうしてここに?」
「迎えにきた」
何気ない表情で、声色で。
「どうして」
「俺も見たくなったから、舞台を」
「どういうことです?」
「だから案内してもらうついでに、君の家族にも挨拶しておいた方がいいかなって?」
「っ、」
「弟さんに」
「私は、」
「チケット2枚あるんだ。よかったら一緒にどう?って、こっちが先だよな」
「…」
「君、今はもう寮に住んでいないんでしょう?だったら、今日一緒に舞台を見て、そのままあっちに来てもらってもいいかなって。
どうかな?
冬を見届けるには、今日が1番最適な日なんじゃないの?」
確かに、そう言う約束だった。
「でも、」
「何か未練でも?」
「ここの仕事が」
「あぁ、そうだね。じゃあ、舞台が終わったら話をつけよう。
大丈夫、うまく俺がやってあげるよ。得意なんだ、そう言うの」
「…」
「どうする?」
「もうすぐ、お店終わるので…待っててくれますか?」
「あぁ、いいよ。車で待ってる。すぐそこに止めてあるから」
千景さんが店を出るのを見届けて、寒さに急かされるようにして店じまいを始める。
少しだけ気が重かった。
対マンアクト、確かに千景さんが言う通り見届けるには最適な日だ。
だからこそ、劇団のみんなに会う確率だって高い。
晴翔もあぁ言ってくれたけど、今の今まで行かないという気持ちに傾いてた。
今更行ったって…って。
でも、確かに約束では“カンパニーを見届けるまで、待ってほしい"って、頼んだのは私だ。
確かにこの状況は、ちょっとおかしいよなって冷静になって考えるとわかる。
外に出していた鉢も中にしまって、シャッターを閉め鍵をかける。
足取りが重いとはこのことだ。
「こっち」
「すみません、お待たせしました」
「全然、押しかけたのは俺だしね。じゃあ行こうか」
千景さんはドライだ。
至さんみたいにエスコートしたりしない、当然か。ここに、感情はないもの。
そこに不満もないけれど。
「何?」
「なんです?」
「不満そうな顔してるから。…あぁ、ごめんね。エスコートでも期待してた?」
「そ、そんなわけないです」
「ははっ、ならいいけど」