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3月9日  【A3】

第25章 桐ヶ谷


 「こんばんわ、ごめんね。閉店間際に」
 「千景さん」
 「驚いた?」
 「驚いたもなにも、どうしてここに?」
 「迎えにきた」

 何気ない表情で、声色で。

 「どうして」
 「俺も見たくなったから、舞台を」
 「どういうことです?」
 「だから案内してもらうついでに、君の家族にも挨拶しておいた方がいいかなって?」
 「っ、」
 「弟さんに」
 「私は、」
 「チケット2枚あるんだ。よかったら一緒にどう?って、こっちが先だよな」
 「…」
 「君、今はもう寮に住んでいないんでしょう?だったら、今日一緒に舞台を見て、そのままあっちに来てもらってもいいかなって。
 どうかな?
 冬を見届けるには、今日が1番最適な日なんじゃないの?」

 確かに、そう言う約束だった。

 「でも、」
 「何か未練でも?」
 「ここの仕事が」
 「あぁ、そうだね。じゃあ、舞台が終わったら話をつけよう。
 大丈夫、うまく俺がやってあげるよ。得意なんだ、そう言うの」
 「…」
 「どうする?」
 「もうすぐ、お店終わるので…待っててくれますか?」
 「あぁ、いいよ。車で待ってる。すぐそこに止めてあるから」

 千景さんが店を出るのを見届けて、寒さに急かされるようにして店じまいを始める。

 少しだけ気が重かった。

 対マンアクト、確かに千景さんが言う通り見届けるには最適な日だ。
 だからこそ、劇団のみんなに会う確率だって高い。
 晴翔もあぁ言ってくれたけど、今の今まで行かないという気持ちに傾いてた。

 今更行ったって…って。

 でも、確かに約束では“カンパニーを見届けるまで、待ってほしい"って、頼んだのは私だ。
 確かにこの状況は、ちょっとおかしいよなって冷静になって考えるとわかる。

 外に出していた鉢も中にしまって、シャッターを閉め鍵をかける。

 足取りが重いとはこのことだ。

 「こっち」
 「すみません、お待たせしました」
 「全然、押しかけたのは俺だしね。じゃあ行こうか」

 千景さんはドライだ。
 至さんみたいにエスコートしたりしない、当然か。ここに、感情はないもの。
 そこに不満もないけれど。

 「何?」
 「なんです?」
 「不満そうな顔してるから。…あぁ、ごめんね。エスコートでも期待してた?」
 「そ、そんなわけないです」
 「ははっ、ならいいけど」
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