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3月9日  【A3】

第25章 桐ヶ谷


 「劇場戻ったら、おばあちゃんの案内お願いできないかな?その、手が空いてる時間だけでいいの。
 私の早とちりで広い劇場で1人で観劇は寂しいと思うし」
 「僕、主演だけど」
 「っ、…そうだよね、どうしよう。万里くんに頼む…」
 「落ち着けよ、簡単な話。芽李が来ればいいじゃん」
 「そう言うわけには」
 「お前にチケット渡したその劇団員は、おばあちゃんにもだけど、1番はお前に来て欲しかったんじゃないの?」

 手が止まる。
 そんなことわかってる。

 だって、そう言われたから。

 「敵に塩を送るわけでもないけど、僕だって芽李に見てもらえたらその…嬉しいし!
 来れば?…じゃないな、来て、絶対。
 閉店してからでも、間に合うでしょ。充分」
 「…」
 「ラッピングありがとう、…この薔薇、対マンアクト終わったら渡すんだ。
 結果がどうあれ、…僕達が勝つけど!
 だから、絶対来て。見届けて、最後までって、これじゃあ僕がMANKAIカンパニーの奴みたいじゃないか!」
 「ふっ、…晴翔も入る?」
 「馬鹿言うなよ、僕はレニさんに憧れてるんだ。あんな弱小劇団に入るわけないだろ?」

 リボンを結んで、ラッピングを終える。

 「そうだね、晴翔はいい奴だけど…最強で最高なうちの劇団には合わないかも」
 「上等。…来るも来ないも、僕は誘うしかできない。最後に決めるのは芽李でしょ?
 だから、チケット持ってなくても入れるようにしといてやる、おばあちゃんのもう一枚は芽李のなんだろうから。
 弱小劇団にも言っておいてやるよ」
 「…うん、ありがとう」

 両手で花束を抱えた晴翔。

 「似合うね、花束」
 「当然。じゃあまた後で」

 颯爽に帰っていく晴翔を見送りながら、やっぱり今日の仕事次第にしようなんて神任せにして、黙々と作業をする。

 元々、大勢のお客さんが来るような繁盛具合でもないし、メインの通りに面しているわけでもない。

 だから、よっぽどのことがない限り、行かないことの理由に仕事を言い訳にはできない。

 それでも、いつも通り仕事をこなしていく。
 今日ばかりは、時間が遅く過ぎればいいなんて思いながら。

 その日最後のお客様は、閉店5分前にやってきた。
 私の知っているようで知らない相手。
 私の、…。

 「いらっしゃいませ」
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