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3月9日  【A3】

第25章 桐ヶ谷


 約1週間前、紬さんに貰ったチケットはテーブルの上に置きっぱなしになっている。

 じーっと、何言わぬその紙と睨めっこをするほど数分。
 …いや、数十分かもしれない。

 行くか、行かないか…いや、行ける訳もないじゃないかと、おんなじことをぐるぐる考えている。

 ートントン

 「芽李ちゃん、いいかしら?」

 ノックの後、聞こえてきた声に返事をする。

 「はーい」

 入ってきたおばあちゃんは、心なしが浮ついているように見える。
 悪い意味ではなく…。

 「ごめんね、ちょっといいかしら」
 「えぇ、もちろん。どうしたんです?」
 「芽李ちゃん、その、悪いんだけどお願いがあるの」
 「どうしたんです?」
 「実はね?…」

 おばあちゃんの申し出に、少しだけホッとした。
 気まずさも不安も、そのせいにできる気がしたから。

 同時に、羨ましくも思った。
 いいなって、思った。

 紬さんからもらった、タイマンアクトの日のチケット。

 思わず握りしめてしまって、少し跡が残る。

 それでも例え跡が残ろうが、劇場に入るためのチケットに変わりないこと、私が1番よく知っている。

 たまたま、おばあちゃん達夫婦にとって、架け替えなのない特別な日だったのは、ある意味そのチケットの為だったのかもしれない。

 「おばあちゃん、それなら任せてください。
 1日くらい、私1人でどうにか出来ます」
 「そう?」
 「お祝いと言ってはなんですか…」

 手に持っていた少し皺くちゃの封筒を差し出す。

 「これは?」
 「ささやかながらプレゼントです、旦那さんとぜひ」
 「あらまぁ、…でも、受け取れないわ」
 「実は、あるんです。チケット。
 …弟が衣装の採寸付き合ってまして、その写真を見てからどうしても見たくて自分でとってしまっていて。
 悩んでたんです、このチケットどうしようかって。

 板の上から見える空席は意外と目立つらしいので、…なので、私もおばあちゃんに受け取ってもらえたら嬉しいんです」

 苦しい言い訳だということは、自分でもわかる。
 その封筒を受け取ってくれたおばあちゃんを見た時、多分全部見透かされていたことも分かっている。

 「…終わったら行きます。
 心配なさらずとも」
 「…わかったわ。
 じゃあ、こうしましょう」
 
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