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3月9日  【A3】

第23章 萬里香


 お会計を済ませて、帰ってもよかった。
 でも、金縛りみたいに、至さんの"すぐに行く“と言う言葉に縛られて、そうする他なかった。

 カランコロンとベルの後、髪と息を整えながらこちらに向かってきたその人に、思わず肩が揺れた。

 「…」
 「…あの、」
 「久しぶり、芽李。紬、回収してく」
 「…」
 「悪いけど、紬の荷物運ぶの手伝ってくれない?」
 「あ、はい」
 「お会計は、もう済んでるみたいだから」
 「え?」
 「店員さんがそう言ってたから」
 「ありがとうございます」
 「俺じゃないよ、紬。芽李もついでに送ってくから、荷物持てそうなら自分のも持っちゃって」
 「はい」
 「よし」

 あっけからんとして、そうテキパキ指示を出した至さん。
 私も慌ててその後ろを追った。

 久しぶりに見た至さんの車。

 後部座席を開けるように言われたから、それに従って載せるのを手伝った。

 「紬は後ろに寝かせて…と」
 「至さん」
 「なに?」
 「紬さんのお迎え、ありがとうございます」
 「はは、うん。どういたしまして、…で、最終確認だけど」
 「なんですか?」
 「タクシーじゃなくていい?さっきは勢いでいったけど、俺に送らせてくれるの?」

 その聞き方はずるい。
 肩をすくめておどけるようにいうから、なんて答えていいかわからなくなる。

 「まぁ正直、ただとは言わない。紬運ぶの手伝ってくれると嬉しいんだけど」
 「…わかりました」
 「ありがとう。じゃあ、助手席ね」

 そう言ってわざわざエスコートするように助手席に招いて、ドアを開け座るのを待ちまた閉めた、至さん。

 懐かしい匂いだ。

 パタンとしまったのは、今度は運転席。

 「シートベルトちゃんとしめてね」
 「…はい、運転…よろしく、です」
 「うん」

 至さんの車は、相変わらずのゲーム音楽が流れて、イルミネーションも眠った街は暗く、クリスマスの"ク"の字も感じない。

 「紬が酔い潰れるの初めて見た。俺よりしっかりしてるのに」
 「え?」
 「付き合いもまだ短いからだろうけど、楽しかったんだろうね」
 「…」
 「リーダーで抱え込んでたのもあるだろうけど」
 「冬組、順調じゃないんですか?」
 「どうだろうね、なんとも言えない。当事者にしかわからないこともあるでしょ」
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