第23章 萬里香
「芽李さんは、喜んでくれないんですか…?」
グッと、心臓が締め付けられる。
ガタンっと、音がして横を見ると机に突っ伏した紬さん。
静かに寝息を立てていた。
びっくりした…。
紬さんのサラッとした前髪が、閉じられたまぶたにかかっている。
元々幼い顔立ちだけど、寝てると余計それを感じる。
目の下に少しクマ。
稽古、遅くまでやっているのかなとか、今日は練習のお休みだったってことは、明日もそうなるかもしれないのに、誘ってくれたんだとか。
さっきまでの話とか。
お酒のせいで、タガが外れているのかもしれないけど、だからこそよけい、スタンと、素直に紬さんの言葉が入ってきたわけで。
そのせいで、今までの自分の行いとか、思ったよりみんなが必要としていてくれたのかもしれないとか、そういう余計なことまで浮かんできて、目頭が熱くなる。
視界の端で、紬さんのスマートフォンが鳴る。
2回も3回も、途切れては鳴るマナーモードのバイブレーションに、視線を移せばディスプレイに"茅ヶ崎至"の文字。
「紬さん、紬さん」
体を揺すっても紬さんに起きる気配はない。
どうしようと思い悩んだ挙句、ラストオーダーの時間が迫ってることも相待って、勝手に出てごめんなさいと寝顔に謝りつつ、そっと電話に手を伸ばした。
『もしもし。…やっと出た。紬、誤字多過ぎ。
丞からスクショ送られてきて、代わりに迎え行けって言われたんだけど、シトロンかよって言うぐらいの誤字で店の名前解読不可なんだけど、どうするの、どこ行けばいいの?』
他の人に話す時、こんな声してたんだ…とか。
いや、電話越しだからか、とか。
久しぶりに聞いた声だな、とか。
「っ、」
『あのー…聞いてる?』
「…もしもし、」
『え?女の子?泣いてる?え?…あれ?紬だよな。もしもし?』
「すみません、泣いてません。…至さん、お久しぶりです。
紬さんですけど、今一緒に飲んでいて…眠ってしまって」
『へ?…え?…え?』
「出るつもりなかったんですけど、見知った名前だったのと、紬さん、私の力じゃ送り届けられないので」
『あ、…うん』
「駅前の、…ー」
お店の名前を告げると、すぐ行くからそこにいてくれって言う言葉の後、すぐにプツっと電子音が鳴って、そっとその携帯を置いた。