第5章 小彼岸
「中、見た?」
中性的な顔立ち、少し高めの声、何に怯えているのか怒っているのか少し不機嫌な表情に、何も言えなくなる。
コクンとうなづくと、"そう"と一言。
「拾ってくれてありがと。」
無愛想に言って、足早に行こうとするその子に何か声をかけなきゃいけないって思ったのは、どうしてか、自分でもわからなくて。
「…なに?なんぱ?それなら、警察呼ぶけど」
「ちがうの、ナンパとか誘拐とかそんなじゃなくて、えっと…」
「じゃあ、なに?」
「それ、その絵」
その子が息を呑む。
「君が書いたの?」
「オレが書いたけど、なに?文句ある?」
「…その、文句じゃなくて!」
慌ててそういえば、その次の言葉を待ってくれているようで、
「チラッと見えたから気になって。凄く綺麗だったから、勝手に見たのは不可抗力なんだけど、申し訳ないとは思うんだけど…」
「…いい加減、手離しなよ。」
「え!あ、ごめんなさい!!」
「別に、それにこれはただの絵じゃなくて、オレが作る洋服のデザインのラフ画。」
そう言って手渡された手帳。
「見ていいよ。気になるなら。」
お言葉に甘えて見てみれば思わず感嘆のため息が出てしまうほどの繊細な絵とその設計にドキンと心が跳ねた。
「…なに泣いてんの。」
「え?」
…あれ、本当だ。
「っ、もう返して!」
ぐいっと抜き取られた手帳がそのまま彼の鞄に仕舞われる。
「感動した、すごく。すごく。…変なとこ見せてごめんなさい。
こんなに素敵なの、見せてくれてありがとう。
ほんとに引き留めてごめんね?これ、お詫びというか。貰い物で申し訳ないんだけど」
おばあちゃんからもらった袋の中に入っていたうちの一つの小袋をその子に渡せば意外とすんなり受け取ってくれて、ホッとする。
「…ゆき」
「え?」
「オレの名前は、瑠璃川幸。アンタは?」
「佐久間芽李です」
「そう。まぁ、もう会わないと思うけど。…オレこそありがとう」
そう言って背中を向けた彼がなんだかキラキラと輝いて見えて、少しだけ引き留めてよかったと思った。
なんとなく心が弾んで、そのままの気持ちで寮に帰る。
早くみんなに会いたいってなぜか思って。
…ーこれさえも運命のイタズラということに、私は気付いていなかった。