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3月9日  【A3】

第21章 白妙


 支配人の泣き顔を久しぶりに見たな、なんて呑気に思いながら、ティッシュを差し出す。

 「どうしても帰るんですか?」
 「親戚からの紹介で、結婚することになりまして」
 「それはおめでとうございます!
 あぁ!!いいこと思いつきました!!旦那さん、冬組に入って貰えばいいじゃないですか!
 芽李さんもずっとここで暮らせますし、いい案です!」
 「ふっ、はは。たしかに、あの人お芝居っていうか、演技が上手いからいいかもしれません」
 「なら!」
 「けど、冬組っぽくないんだよなぁ、千景さんは。
 んー、入るなら春ですかね。たぶん、なんとなく」
 「じゃあ、春組で!」

 必死に引き止めてくれる支配人に、やっぱり胸が痛みながらもこればかりは仕方ないんだ。

 「支配人、ごめんなさい」
 「そう…ですか」
 「いつかもし、千景さんがお芝居やりたいって言ったら、連れてきますね」
 「その時は、芽李さんも絶対一緒ですからね!
 いつ帰ってきてもいいですからね?!」
 「ありがとうございます」
 「明日にでも帰ってきてくださいね」
 「日帰りですね」
 「そうです!!」
 「ありがたいな…」
 「当たり前ですよ。いつでも待ってますから」

 ぐびっとホットミルクを啜った支配人に、思い出すのはカンパニーが動き出す前の一年。
 そうだ、私、一年この人と住んでたんだよなぁ…なんて、どうでもいいことをしみじみ思いを馳せる。

 「ここに来てからが、人生で1番…たのしかったです。お世話になりました。
 ありがとうございました」
 「私も、芽李さんと出会って、夢半ばですが、こうして受け継いだMANKAIカンパニーをまた旗揚げできて、毎日信じられないくらいです。
 私1人じゃ、ままならなかったかもしれません。
 だから、ありがとうございました。
 でも、最後にしたくありません」
 「…」
 「ミルク、ご馳走様でした」

 自分が使った分のコップを洗い、出て行った支配人。

 "最後にしたくありません"か。

 やっぱり、他のみんなには会えないや。
 言えないや。
 だってほら、ここを離れたくない理由が、未練が募ってしまうから。

 荷物を片付けたら、すぐ出よう。
 誰にも会わないように。

 やっぱり咲には呆れられてしまうかもしれないけど。
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