第21章 白妙
支配人の泣き顔を久しぶりに見たな、なんて呑気に思いながら、ティッシュを差し出す。
「どうしても帰るんですか?」
「親戚からの紹介で、結婚することになりまして」
「それはおめでとうございます!
あぁ!!いいこと思いつきました!!旦那さん、冬組に入って貰えばいいじゃないですか!
芽李さんもずっとここで暮らせますし、いい案です!」
「ふっ、はは。たしかに、あの人お芝居っていうか、演技が上手いからいいかもしれません」
「なら!」
「けど、冬組っぽくないんだよなぁ、千景さんは。
んー、入るなら春ですかね。たぶん、なんとなく」
「じゃあ、春組で!」
必死に引き止めてくれる支配人に、やっぱり胸が痛みながらもこればかりは仕方ないんだ。
「支配人、ごめんなさい」
「そう…ですか」
「いつかもし、千景さんがお芝居やりたいって言ったら、連れてきますね」
「その時は、芽李さんも絶対一緒ですからね!
いつ帰ってきてもいいですからね?!」
「ありがとうございます」
「明日にでも帰ってきてくださいね」
「日帰りですね」
「そうです!!」
「ありがたいな…」
「当たり前ですよ。いつでも待ってますから」
ぐびっとホットミルクを啜った支配人に、思い出すのはカンパニーが動き出す前の一年。
そうだ、私、一年この人と住んでたんだよなぁ…なんて、どうでもいいことをしみじみ思いを馳せる。
「ここに来てからが、人生で1番…たのしかったです。お世話になりました。
ありがとうございました」
「私も、芽李さんと出会って、夢半ばですが、こうして受け継いだMANKAIカンパニーをまた旗揚げできて、毎日信じられないくらいです。
私1人じゃ、ままならなかったかもしれません。
だから、ありがとうございました。
でも、最後にしたくありません」
「…」
「ミルク、ご馳走様でした」
自分が使った分のコップを洗い、出て行った支配人。
"最後にしたくありません"か。
やっぱり、他のみんなには会えないや。
言えないや。
だってほら、ここを離れたくない理由が、未練が募ってしまうから。
荷物を片付けたら、すぐ出よう。
誰にも会わないように。
やっぱり咲には呆れられてしまうかもしれないけど。